2013/01/09

TV出演~♪

といっても、私じゃないのです(笑

カンボジアで仲良くさせてもらっているお友達夫婦がTV出演することに
なりました!

読売テレビの「グッと地球便!」に出演したこともあるご夫婦です。
私も同じ番組に出させて頂いたことがあります・笑

だんなさんの佐藤智之さんは淡水魚の研究のためにカンボジアへ。
奥さんの典子さんは美容師さん、現在彼女にお世話になっている在住日本人
女性多数です!(私もその一人)

今回二人が出演する番組は・・・

テレビ東京系列
「世界ナゼそこに?日本人~知られざる波乱万丈伝~」 
↑詳細はココから

2013年1月18日(金) 7:54pm~

研究者の夫と共にカンボジアに来て、美容師をしながら支える典子さん。
その典子さんの気持ちを深く理解して大切にする智之さん。

私はいつもこのご夫婦を見ていると幸せな気持ちになります。
同時に・・・

ちょっとうらやましい(笑

普段は他人のことをうらやましいと思うことはほとんどないんですが、
本当に支え合いながら夢に向かっている素敵なご夫婦なのです。

ちなみに奥さんの典子さんは、

スナーダイ・クマエ孤児院女子バレー部顧問

でもあります!

高校時代にバレー部の主将をしていたらしい典子さんの指導のおかげで
女子バレー部は負け知らずです。
他の施設との対抗試合でもその強さを見せつけています。(おおげさ・苦笑)

ということで、皆様、どうかこの番組ご覧くださいね!

私はちょうどカンボジアに戻る日になるので見れませんが・・・(泣
どなたか録画よろしくお願いします!!(笑



2013/01/07

新しい年を迎えて・・・2013

私が始めてカンボジアに行ったのが1997年。
びっくりですがもう16年も前の話なんですね・・・。

そして施設の活動に関わるようになってからもうすぐ13年。

最初の5・6年を振り返ると言葉や習慣の壁と格闘しつつ、子どもたちに
掃除や洗濯の仕方を教えたり、手洗い、歯磨きなど衛生習慣の定着、
共同作業から心のつながりを強めていくというような日々を送っていた
ように思います。

その後はスタッフの育成にも目を向けるようになりました。

そして数年前からは施設の団体としての自立運営に必要なことについて
考えていく時期に入ってきました。


私はどうしてもカンボジアの子どもになにかをしたいという熱い気持ちを
抱いてカンボジアに来たわけではありません。
たまたまの連続で今があるように思います。

先日ある方の講演会にお邪魔した際にこんなことをお話しされていました。

「やりたいこととできることは違います。できる人ができることをすればよいのです。
できない人が無理をしてする必要はありません。」

そういうようなお話だったように記憶しています。

私はここでの仕事を自分ができることだと思ったことはないのですが、これだけ
続けさせて頂けるということはきっと自分にとってできることがある場を与えて
もらえたのだと感じます。

人それぞれ、耐えることのできる限界点は違うと思います。

他人が見れば苦労に感じることも当の本人はさほど感じていないこともある
でしょう。
それもある種の能力なのかもしれませんね(笑

私は周りの方々の引き立てでここまでやってくることができました。
専門もなければ、特別に自慢できる能力を持っているわけでもありません。


「お前の立場の場合、ある意味1つに限定した能力よりもマルチにいけた
ほうが全部を見渡せる、それがむしろ必要なことやからそれでええんと
ちゃうか。」

年末に友人からこんなことも言われました。



目標を立ててそれに向かってがんばることがとても苦手なのですが、こんな
ふうになれたらいいなと空想することは好きです。
明確ではない漠然とした希望を思い描きつつ、特にがむしゃらでもなく、普通に
目の前のできることをやっていく、そんないつも通りの1年をすごせたらと思います。

私は本当に周りの人に恵まれているので、そのことだけは忘れないように。
亡くなった母にもよく言われていました。

父の口癖「何が一番大事かだけ考えて行動すればいい」も忘れないように。


忘れっぽいので心配ですが(笑

そんな私ですが、どうか懲りませず今年もよろしくお願いします。



2012/12/09

カンボジアでの再会 あれから12年

断片的ではあるものの今でもはっきりと覚えています。
写真家の足立君江さんが初めて施設を訪問してくれた日のこと。

まだ今のように施設の敷地が整備されておらず、手前の建物も
1階部分だけ完成した状態。
その1階で訪問者の皆さんに日本語の歌を合唱する子ども達。
その周りを哺乳瓶をくわえた私の息子がうろちょろしていました。

あのとき、足立さんとこんなに長いお付き合いをさせて頂くように
なるなんて想像もしていなかったのですが・・・

12月1日(日)足立君江さんと行くカンボジア撮影ツアーの行程で
参加者の皆さんがスナーダイクマエをご訪問くださいました。

足立さんとは日本での絵画展のときなどもお目にかかっていた
ものの、カンボジアでの再会は2年ぶり。
いつも絵画展に顔を出して下さる足立さんのご友人もいらっしゃって
いたので、施設の説明をするときは少々緊張してしまいました(笑

12年前の出会いからほぼ毎年足立さんはカンボジアに通ってこられ、
農村、街中にいるいろいろな人の姿をカメラ越しに見つめられて
きました。

その足立さんと一緒に観光ツアーではめぐることのないとっておきの
場所を撮影しましょうという今回の旅。
そのガイドを任されたのが施設の卒業生パナーです。

細くて小さくて、内気なイメージだった彼が立派にガイドをする姿に
足立さんも感心して下さっていました。

卒業生の活躍ぶりをこうして私自身も目にすることができるのは
幸せですね。

そして日本からの添乗員はピースインツアー東京勤務の佐々木愛さん。
彼女はパナーの恩師でもあります。
7年間、スナーダイクマエで日本語教師を務めてくれた、私の友人でも
あり、妹?というか双子?(苦笑)とにかく人生においてなくてはならない
存在です。これ、おおげさじゃなくて本当にそうなんです。

3人とも私のカンボジア人生の中で出会い、関係をはぐくんできた大切な
人たち。
12年前にこんな日が来るなんて誰も想像していませんでした。

だから人生って面白いなって思います。

パナー・息子・佐々木さん
いつの間にか息子(14歳)が一番大きくなっていました(苦笑

私・足立さん・息子
なかなかないこの3人でのショット。
哺乳瓶の2歳児が今では・・・(笑

12年、干支が一回りする間に色んな事がありましたが、ここに書いている
ような人たちに恵まれてここまでやってきたんだなと改めて振り返ることの
できた1日でした。



2012/12/01

息子さん

私には14歳、中学2年生になる息子がいます。

小さい頃はかなりかわいかったのですが、今では声変りもして
身長も170cmは確実にあると思われ・・・

彼が2歳になる少し前にシェムリアップに引っ越してきました。
それからずっと普通の親子以上に一緒に過ごす時間が長かった
ように思います。
それが許される仕事環境だったからですね。

できるだけ自分の作った料理を食べさせておきたいということと、
日本的な食事にも慣れさせたいということで3食ほとんど手作りに
しています。

息子は私の作った料理によく点数をつけます。


今までの採点は、

62点 豚肉の塩麹炒め

67点 和風ハンバーグ

79.5点 鶏肉てりやき

87点 ツナクリームソースパスタ

89点 ポークチャップ

91点 サーモングラタン

93点 肉じゃが
お気づきの方もいらっしゃると思いますが、彼はめっちゃ辛口料理批評家(泣

見た目はこぐまちゃんみたいなのに、ドSです・・・。

100点がもらえるその日まで、時々折れそうになる心をなんとか保ちつつ
日々精進したいと思います(笑

2012/11/14

いいことがあると忘れる人

代表を務めるNGOスナーダイ・クマエ孤児院、創立から数えると今年で
14年、私が関わるようになって12年になります。

長く続けていると卒業生も出てきます。
今年も5回目の卒院式を行い、二人を社会に送り出しました。
二人は公立高校を卒業し、就職も決まっています。

孤児院の創立者は私ではなく、以前の夫であるメアス・トミー氏。
私はそのお手伝いのつもりで結婚後にカンボジアに来て活動に参加
しました。
恥ずかしながら、カンボジアの社会問題に対する情熱を持って
来たわけではありません。
パートナーがやっていることの一部を少しでも手伝えれば、そんな
気持ちだったのです。

いつしか情熱が逆転し、離婚が決まる頃には私にしか分からない
運営の内容、子どもたちへの教育方針などが多くなっていました。
彼もそのことはわかってくれていて、別れた後は私が孤児院の代表と
なるようにうながしてくれました。


細かいことは引き出しにしまっているのですが、いいことがあると
なんだか大変だったことを忘れるためにふとそこから引っ張りだして
しまうのかもしれません。

そういえばあれもこれもそのときは大変だったなあ、と。

でもいいことがあると、
「もしかして、この日が来る時のために大変なことがあったのか?」
と、思い出したりしてみて・・・。

でも不思議なことに、子どもたちが起こした問題について「大変だった」
と記憶されているものはないんですね。
それはすべて思い出になっているのかもしれません。

ふと思い出す大変だったこことは、家庭のことや人間関係の悩みばかり。
普段忘れているくせにふと頭をよぎると鮮明によみがえって、すごく
腹が立ったりして(笑

あほですね(笑


でもそれは一瞬の話。

だって、自分が12年間一緒に暮らしてきた子どもたちが立派に大きくなり、
学業も修めて社会に出て行く姿を見られるんですから。
しかも一人で見るわけではなく、孤児院のスタッフ、子どもたち、そして
日本から長期にわたって応援してくださる皆さんもいます。


それを思うと、以前自分を悩ませていた人たちのことは

「まあ、ええか」

と思います。

許すとか許さないとかではなく、関心がなくなってしまうという感じで。
つまり、「思い出にはなってない」んでしょうね(笑



だから「今まで一番大変だったことは何ですか?」という質問には具体例を
挙げて回答できないんですよね。
ぼわーーっとあるけど、なんだ?って感じで。

「なにか大変なことはあったんだと思う。でもいいことがあると忘れて
しまってるんです。おかげでやめることなく続けていけるんです。」


ほんま、自分が「いいことがあると忘れる人」でよかったと思います。

そしていいことをくれる、子どもたちや周囲の人々に感謝、なのです。

二人を社会に送り出して、しばし抜け殻の私はこの数日間こんなことを
考えていました。

2012/11/10

もうはじまってます!【第2回KOBE豚饅サミット2012】

昨年もこのブログでご紹介したKOBE豚饅サミット。

今年も昨日が前夜祭で、すでに始まっています。

告知が遅くなってしまいました・・・(汗)


このイベントの発起人の1人に名を連ねている安藤孝志くんは私の
大学時代の同級生。
たしか二人ともさほど優秀な学生ではなかったような・・・(笑
安藤君は神戸っ子なら誰しも知っているぶたまんの「三宮一貫樓」で
常務取締役を務めています。

ここ数年の活躍ぶりには目を見張るものがあり、なんだかちょっと



さみしい・・・(笑


というのは、冗談で、私がカンボジアでがんばれる理由の一つには
こういう友人たちの活躍ぶりに切磋琢磨!というところもあるんですね。

土俵は全く違うけど・・・と思っていましたが、実はそうでもなかったりします。


昨年のKOBE豚饅サミットでの収益金は、神戸市と姉妹都市になっている
宮城県名取市への豚饅炊き出し支援として使われていました。

私がこのイベントに共鳴するのは、あの神戸の震災後にすっかり活気を
なくしたおしゃれな街神戸を復活させたいという地元愛、そして・・・
そのイベントの収益を東北の被災地の方に「僕たちは忘れていません」と
励ましのメッセージとして届けている点です。

忘れられていくことのつらさや悔しさを知っているのは同じ被災地だから
だと思います。
また「忘れてなかったんだ」と思わせてくれる人々の気持ちがどれだけ
ありがたく心強いものかを知っているのもまた同じく被災した経験が
あるからなのではないでしょうか。

私も神戸の震災当時甲南大学の大学生、震災当日は神戸であの地震に
遭いました。
それでも私には和歌山に実家があり数日後には帰ることができたんです。

安藤くんはじめこのイベントにかかわるすべての皆さんがこれまでどんな
思いで神戸の復興を願い、自分の日々の生活を取り戻すために努力を
重ねてきたか・・・それは想像を絶するものがあります。

安藤くんからは会社を立て直すための課程を何度となく聞いてきました。

イベント詳細はこちらから!


私は今年も残念ながらこのイベントに参加することはできませんが、
いつか「KOBE豚饅娘コンテスト」に出場することを夢見て(笑)
微力ながらカンボジアから応援したいと思っています!

サミット限定オリジナル豚まんの販売は、11月10・11・12日の3日間です!
販売会場:南京町広場・曹家包子館・大同行
JR神戸線・元町駅から南に歩いてすぐです。

誰か私の代わりに行って、たらふく豚饅を食して下さい。
そして写真と感想を下さい。
それが神戸の活気、そして東北への応援につながります!

よろしくお願いします。






2012/10/20

前進するための呪文

約1年前にこのブログを始めたことを思い出して、そのときの自分が
書いた記事を読み返してみました。


ちょうど洪水が収まって、少し落ち着いた頃に綴った文章。

1年前の記憶が戻りました。(普段から少々喪失気味なので・笑)


本当につらかったんですよ、1年前の今ごろ。
色んな人に励ましてもらいながらただただ1日が終わっていくことだけで
精一杯だったような・・・。

洪水もあったけど、それ以外にも自分にしか解決できない出来事もあり・・・。





「そのときどんなにしんどくてもたいていは後で普通に話せる。」


1年前の私が書いていた言葉です。



これは、もうだめかも・・・という状況になったときの自分を励ます呪文
みたいなもんです(笑


でもね、ほんとにそうなんですよ。
渦中にいるときこそ自分を客観視することが自分を楽にする方法だと
思うのです。
私はこの方法でおおむね乗りきります。


そして1年経って・・・
今年も洪水とまでいきませんでしたが、施設の周辺だけが冠水。
私はと言うと、ぜーんぜんっ落ち込んでない!(笑
そして去年のことを普通に「ほんま大変やったよね、あはは」と
笑って話してました。
あのときは部屋で一人暗く泣いてたくせに、ですよ・・・。ははは・・・。


洪水もそのときに抱えていた問題も、自分の意識を変えること、そして
行動を起こすことで乗り切りました。

でもそのときに必要だったものが2つあります。
それがさっき書いた呪文と(笑)、私のことを気にかけて心配して励まして
くれた人たちの思いやりある言葉、なのです。

皆さんからの励ましもまた、乗り越えるきっかけをくれる呪文、ですね。



もちろん自分でも答えを見つけられず、いつまで経っても納得できる
答えが見つからない出来事も人生の中にはあると思います。
私には1つだけあります。
でももうそれはそういうものとして一生付き合っていこうと思ってるんです。

あの経験があるからこそ、
「そのときどんなにしんどくてもたいていは後で普通に話せる。」
と思えるんです。
答えが見つからない出来事、あれ以上のことはたぶんもう人生で起きない
でしょうね。


最後に書いておきましょう。

お父さん、ごめん。(笑
ずっと元気でいて下さい。