2014/01/31

にんじゃがーるず

日本から帰って連日面会の予約がありましてばたばたと過ごしております。

30日のお客様はかわいいお嬢さん、岩谷麻奈美さん。
シェムリアップの養豚ガール、山田史織さんの大学時代のご友人だと
のこと。
シェムリアップに来るなら博子さんに・・・と紹介してくれました。

孤児院の話のみならず、海外で働くことやそれにまつわるあれこれも
かなりゆっくりとお話しました。
というのも、彼女は現在シンガポール在住。日本でのOL生活を終え、
シンガポールでお仕事をされているということだったからです。

そしてそして彼女は有名なブロガーでもありました。

彼女のサイトはこちら
↓
NinjaGirls

シンガポール在住の日本人女性3名で運営しているこのサイト、日本では
めざましテレビに取り上げられたこともあるそうですよ。

私が色々とお話している途中で「ちょっとメモとってもいいですか?」と言い、
ノートを出してなにやら書いていらっしゃいました。
いやはや、メモとってもらうほどのお話でもないのですが・・・(汗

途中で山田さんも登場し一緒に記念撮影。
ユンの指が上の方に写ってますね・・・(笑
彼女たちは私より10歳くらい年下。
私もカンボジアに来たばかりの頃には周りに先輩方がいましたが、
20代半ばで社会経験のない私に厳しい言葉を下さったり、あらぬ噂を
立てられたりと、まあまあ苦労しました・・・(笑
逆に未熟な私をゆっくりと見守ってくれて、ときおり厳しい助言をくれ
ながらもずっと応援してくれる方もいました。

私はできれば後者の先輩になりたいなと(笑

もちろん対象となる人と自分の価値観が合致したり、応援したくなる
要素があるかどうかは重要です。
シンプルに、素直でまっすぐな人なら応援したくなると思います。

私が話した色んなことは、もしかしたら、もしかしたらですが彼女の
サイトにも載るかも・・・です。
もし載ったらまたお知らせします(笑

場所ややっていることは違っても一人で戦うオンナ同士、妙に意気投合
して本当に楽しい時間でした。

私も今年で40歳。
彼女たちと話していて、先輩からも後輩からもかわいがられる40代に
なりたいなあと思った次第です。


追伸

昨日山田史織さんより下記メッセージが・・・

(私の友人が)「博子さんは本当、男気溢れてるー!カッコイイ!」と博子さん
の生き方にめちゃめちゃ共感していました!

ありがとう、ありがとう、うれしいよ、でもね、このブログで何度も言って
いるように、

メアス博子は「女」なのよーーーーーー!!!(笑

☆おわり☆

2014/01/29

名古屋学芸大学短期大学部にて

名古屋、少し前までは東京に行くときに通過する駅くらいに
しか思っていなかったのですが、昨年あたりからよく足を運ぶ
ことになりました。
昨夏は初のスナーダイクマエ絵画展@名古屋も開催しました。


昨年秋ごろに名古屋学芸大学短期大学部の鈴木薫先生が
施設を訪ねて下さって、年末に学生さんたちがカンボジアに
スタディツアーに来られることを聞きました。
先生との出会いは以前アンコール小児病院の看護師さんを
していた赤尾和美さんからのご紹介。
次回のカンボジア訪問の際に先生が学生さんたちを施設に
連れてきたいとのご希望でした。

日程を聞くと残念ながら私が日本に一時帰国中。
はたと思ったのが、事前学習として大学にお邪魔して施設の
説明などができるのではないかと言うことでした。
先生のご尽力により交通費も出して頂けることになり、また
名古屋に赴く機会を頂いたわけです。

大学の教室ですが階段のあるような大きな教室ではなかった
ものの、外部講師として授業の時間を1コマ頂くということで
責任を感じつつお邪魔することに・・・(汗

孤児院の成り立ちやこれまでの取り組み、そして子どもたちに
何を伝えていこうとしているのか、またそこに対する障害として
カンボジアの歴史的背景があることなどをお話ししました。
私がそこで本当に伝えたかったのは、学生さんたちがこの
内容から自分の育った環境について、あるいは関わりのあった
大人の人たちがどれだけ手をかけて育ててくれたのかということを
振り返るきっかけにしてほしいということでした。

最後に一人一人から感想や質問が
皆さん将来は子どもに関わる仕事を目指しているそうで、私たちが
大切にしている協力して環境を保つことや、そのために周りの大人が
どういった対応をしていけばよいのかというところに着目してくれて
いました。

地元和歌山から名古屋への日帰りはちょっとしんどかったのですが、
行ってよかったと思います。
私はカンボジア人の手によるものと名付けられた施設で「日本人」として
最大限に自分の役割を果たすために何をすればよいのかということと
常に向き合っています。
現地でできることは自分なりにやってきたつもりですが、それを支え
続けて下さっている日本の皆さんにこれから何をどうやって還元させて
頂けるのかということが近年のテーマです。

そういったことも含めて、カンボジアでの経験、そして現在進行形の
私たちの活動のお話を日本の色々な方々にお伝えすることで、
「今の日本」に生きる方々のお役に立てることがあるのではないかと
思っているのです。

ありがたいことに最近はお話ができる場を頂くことが多くなっています。
私にしか伝えられないことは何か、年齢、職業、置かれている環境が
違う方々に頭の中に少しでも残るようなお話ができればと思います。

この冬はこの大学でのお話以外にも色々な機会を頂きましたが、
今後はそういったことにも積極的に取り組んでいきたいと思っています。

鈴木先生、学生の皆さん、ありがとうございました


他にも受入れをさせて頂いてるスタディツアーやボランティアツアーが
ありますが、施設の子どもたちが何かしてもらうだけの立場ではなく、
相互に有意義な時間になることを目的としています。
そのために訪問者希望の方には多くの注意事項を守って頂くように
事前にお伝えします。

いつでもだれでも見学可能、というわけではありません。
詳しくはこちらをご覧ください。↓
連絡先・訪問予約方法と注意事項






2014/01/26

日本滞在最後の日に思う

いよいよ明日カンボジアに戻ることになりました。
そのための荷造りやら、諸々の手続きなどがありまして・・・

携帯電話の契約のことで代理店に行きました。

番号を呼ばれて座ったのですが、どうも店員さんの受け答えが
しっくりこない・・・
むむ・・・

目的語をきちんと言わず、自分がわかっていることを相手もわかって
いること前提で話すので、なんどか質問しないと話がわかりません。
そしてやっと終わりに近づいたとき、


もう訊きたいことはないですか?



と言われました・・・。

脱力・・・。

目の前にいる私よりも10歳以上は若いであろう店員さんがまるで
私の先生かのように見えました(苦笑


私が質問しなければならなかったのは彼女の話し方があいまいすぎる
から、だったのに・・・(泣


カンボジアでは自分がお客さんなのに店員さんに怒られたり(笑)して
なんだか立場がよくわからなくなるという経験は日常茶飯事です。

でもまさか日本でもこんな扱いを受けるとは・・・

2つの依頼をしていたのですが、どちらのことを話しているのかわからない
話し方をするので、「どちらのことか言ってから話してください」と伝えると


ふっ


と、鼻で笑っていました。
そんなもん言わんでもわかるやん、という気持ちがこもった「ふっ」です(笑

一気にカンボジアの風が吹いた気分(笑

あるある、カンボジアでは店員さんに小馬鹿にしたように笑われたり、
舌打ちされること!

って、いやいや、ここは日本や!!


一応最後まで理性は保っていたのですが、最後に訊きたいことはないですか?
と言われたので、

「訊きたいことは特にないのですが、お話のしかたをお勉強された方がいいですよ。」

と言っておきました。

できるだけ落ち着いて静かーーーに目を見て言うときました(笑



カンボジアでやられても「カンボジアやしな~。しゃーないよなー。」と流せる
気長さはある程度持っているのに、日本だと「むっ」としてしまうのはなんで
でしょうか・・・。
やっぱり日本だとサービスを受けて当然という気持ちになっているんですかねえ。


なんだかもう自分が変なのかどうなのかもわかりませんが、日本滞在最終日に
面白い体験をさせていただきました。


☆おわり☆

2014/01/17

1月17日

1月17日、一生忘れることのない日です。

当時神戸で暮らしていた私も被災したけれど、大切な人を失うことも、
自宅やお店や仕事を失うこともありませんでした。

誰が亡くなっていてもおかしくない状況にも関わらず、自分自身の命を
失うことはありませんでした。



いまだにこの日のテレビなどで震災の映像を目にすると涙があふれて
きてしまいます。

19年経っても。




この日は普通に過ごします。特別なことは何もせず。

いとこや息子とランチをして、夜は家族全員でごはんを食べます。

そんな日常の幸せを感じつつ、神戸のことを思います。

そうするともっといろんなことを思うから。

2014/01/06

これでやっと新年なのです

新年明けましておめでとうございます。
て、6日になってやっと今年初のブログ更新です(笑
こんな調子ですが今年もよろしくお願いします。



大学を卒業してから何年になるんだろうと数えてみて

恐ろしくなってやめる・・・(笑

大学時代の友人たちとの新年会、もう7年くらいになるのか。
私が参加する前から他の人たちはやっていたらしいのですが、
あることがきっかけで私も参加するように。

あることについてはまた今度(笑

とにかく1月3日は大学の同級生と新年会と決まっているので
(今年は初めて4日開催やったけれど)、それがすまないと
新年の気分にならないのです。

私たちは甲南大学経営学部97年卒。
学籍番号が近かった人を中心に仲良くなりました。

やたらと昔のことを覚えている人とか、理論で攻めてくる人とか、
毒舌が過ぎる人とか、天然とか・・・まあいろんな人がいます。
私はその中でも一番マトモです、そのはずです。

今年も会話の95%くらいはあとで思い出せないほど中身のない
どうでもいいバカ話だったのですが、残りの5%に人生観とか
仕事への思いなどがギュッと詰まっているわけです(失笑

いつも最後の最後になると話は仕事のことに。

結局、今自分の与えられた場所、あるいは自分で選びとった場所で
全力を注いでいるかどうか、それが大事なんだなと。


メンバーの一人が、他のメンバーを指して「自分の友達にこんな奴が
おるねんなと誇らしかった」みたいなことをいっていましたが、
妬んだり、比較して自分を卑下しないのは、きっとこの人も今やることを
ちゃんとやってるからなんでしょうね。

40歳アラウンドになってきて思うことは、ここからは30代にやってきた
ことが生きてくる時代に突入するということ。
もうここまできたら同じ年齢でも経験値の差を縮めるのはなかなか
難しいかもしれません。

バカ話95%ではありますが、私にとって毎年恒例のこの新年会は
忘れていた気持ちを思い出したり、今の自分の考えをまとめる大事な
時間です。

今年は参加メンバーがMAX





2013/12/31

今年もありがとうございました

いつも自由気ままに更新しているこのブログ。
思い返せば2011年の洪水の頃に書き始め、あまりにも気まますぎて
どなたが読んで下さっているのかもよくわかりませんが(笑)なんとか
今年も細々と書きつづることができました。

今年は公私共に色々とあり、自分のカンボジア移住史上でもなかなか
きつかった1年でありました。
いつものほほんと書いているのでいまいち皆さんには伝わらないかも
しれませんが、かなり厳しい1年だったのです。
今はまだ書けませんが、そのうちいつか書けるときがきたら書きましょう(笑


そんな厳しい中でもやってこれたのはなんといっても周りの皆さんに
恵まれていることが一番だと思います。
身近にいる友人、遠く離れた日本でいつも温かく励ましてくれる方々、
何をするにも一人ではなにもできないことを年々強く感じるようになって
います。


反面、一人の人間が対応できる人数の限界というのも感じます。

色々な方に知って頂いているのに、顔と名前を覚えるのが人一倍苦手な
私は不義理ばかりしているような気がして心苦しい限りです。



毎年恒例ですが年末にまたまた占いに行ってきました(笑
来年は新しいことを始めるのに適した年、また自分の右腕になる人物を
育てるのによい年になる、と言われました。

そして44歳以降で婚期が来ると。

あれ?カンボジアの占いでは42歳と言われたのですが・・・(苦笑
ちょっとずれてしまいましたが、まあそのくらいのんびりしたペースで
よいのではないかと思っています。

一度離婚しているので、もし万が一次があるとしたら焦らずにいきたい
のです。

そう、だからその前に今の仕事をさらに充実させて、自分の代わりになる
人を育てていく時間に充てたいのです。

目の前で起きていることだけに翻弄される日々ではなく、この日々の積み
重ねが自分の人生を彩る出来事になっていくことを忘れずに過ごしていき
たいですね。だってもう40歳になるんだもの(笑


皆様、よいお年をお迎えください。
この1年、気にかけて頂いて本当にありがとうございました。

この挨拶ができることも幸せなんですよね・・・。当たり前のことなんて
なにもないんだなと思います。

2013/12/09

息子のことを卒業生と分析した

いい加減に更新しろと怒られそうなので・・・(笑
前回、つづく・・・みたいな終わり方をしたのにすっかり時間が
経ってしまっておりました。
数少ない私のブログファンの皆様、お待たせいたしました(笑



現在一時帰国中の私ですが、帰国前に必ず部屋を訪ねて
来てくれる施設の卒院生、ラーヴォ。
彼とはとりとめない話をよくするのですが、今回は息子の話を。



息子が小さい頃から物を欲しがったり、ダダをこねて私を困らせる
ことがなかった理由、私なりの見解があったのですが、ラーヴォに
「なんでやと思う?」と訊いてみた回答です。

たっくん(息子)は小さいときからここでみんなと一緒に暮らして
きたでしょう?
当時の子どもたちは問題だらけでおかあさんはいつも悩んで
いましたね。
たくさんの子どもたちの問題を見ていたから、せめて自分だけは
おかあさんを悩ませないようにと気をつけていたんじゃないかと
僕は思うんです。


そして私も続けて言いました。

うん、そうかもしれないね。
でもね、反対にあの子は小さいときからここにいる子どもたちに本当に
かわいがられて育ったもんね。
たっくんのコップがみんなの優しさでいっぱいにあふれてきてたから
みんなのことを思う余裕があったのかもしれないね。


普通の人たちがコップをいっぱいにしてもらうよりもずっと早いスピードで
うちの息子はたっぷりあふれ出す状態にしてもらってきたと思います。
だから我慢だけしてきたわけではないのです。
でもラーヴォの言葉から歳の割に妙に落ち着いたところがある息子の
不思議な雰囲気に、いまさら納得の鈍感な母です(笑

もしラーヴォの言う通りであれば息子はすごいなあと思うんですが、
それよりも自分自身が子どもとしていた頃のことをこんなふうに
客観的に思い返すことのできるラーヴォを立派になってくれたなあと
思いました。

自分が育てた子どもとこんな話ができる日が来るなんて、2000年
当時は思ってもいませんでした。
とにかく教えることが多く、あれもこれもと問題が山積みだったことだけは
記憶にあります。
そんな私を息子なりに見つめてくれていたのかもしれないことをラーヴォから
教えてもらいました。

そのときは必死で見えていなかったものを今語り合えるって、おもしろいですね。

自分の息子と施設の子どもたちが自然に一緒にここで育ってくれて
いることに感謝したひとときでした。

息子の話はまだいろいろとあるのですが、気が向いたらまた書きたい
と思います。
ラーヴォ、いつもありがとうね。