2013/05/04

ご迷惑おかけして・・・(笑

先日日本から心づくしの品物を送って下さった方がいます。
息子へのお気遣いで飛行機の本や飛行機柄のハンカチも。
その中にとんがりコーンがありました。


「ママ、とんがりコーン大好きやわー」
と、テンション高めに話し・・・


これ昨日の話です。



そして先ほど旬のマンゴーを一緒に食べていた息子がおもむろに言いました。

「ねえ、ママってとんがりコーンの悪口言うてたよね、数年前」



え?


息子が言うには、以前とんがりコーンを買って懸賞に応募という
キャンペーンがあったそうです。
そのときスーパーで
「懸賞のためにたくさん買う人おるねんなあ、信じられへんわ~。
そんなに食べられへんやろ~(笑」
と、結構な声量で話していたらしいです、ワタシ・・・。

え?

もちろんまったく記憶にございません・・・(笑


そして、とんがりコーン好きです、ワタシ(笑
カンボジアにはとんがりコーンもどきみたいなお菓子がありますが、
たまに買って食べてます・・・。

そういえば、孤児院の子どもたちが初期のころに覚えた言葉に

「わすれっぽい」

が、あったことを思い出しました。
もちろん私のことです。

おかげで「~っぽい」という言葉を次々に覚えてくれたような・・・・(苦笑


孤児院を13年管理運営していると聞くと、さぞかし立派できっちりとなんでも
こなすのだろうというありがたいような困った先入観で私を見て下さる方が
けっこういらっしゃるのですが、



実態はこんなもんです(笑



忘れっぽい性格のおかげで人を恨まず、妬まず、うらやましがらずに
生きてこれたような気もするので、それはそれで悪いことばかりでも
ないのかと思ってみたり・・・(笑
(この3つは母親の教えでもあります)


そして驚くことにとんがりコーンのキャンペーンは・・・・

嵐とディズニーランドライブご招待!


だったらしいです。



今ならきっとスーパーの棚からすべてが消えるくらい大人買いしていることでしょう。
いつか二宮さんに会える日を夢見て・・・(笑



2013/04/18

思い返せば12年

親友?戦友?
姉妹のように近く、仲良く、なんでも話せる友人。
カンボジア正月に仕事も兼ねてはいるものの、久々にプライベートで
遊びに来てくれました。

彼女は佐々木愛さん。
2001年から足掛け7年、私が代表を務めるスナーダイ・クマエ孤児院で
子どもたちの日本語教師として共に暮らした仲間なのです。

帰国後いくつかの仕事を経て、現在は東京にある旅行会社に勤務。
カンボジア旅行ならおまかせのピースインツアー東京の社員となり、
地球の歩き方ボランティアツアー「スナーダイ・クマエ孤児院を訪ねて」の
添乗員としてたびたびカンボジアを訪れています。

添乗業務で来るのとは違い、プライベート時間が多い今回の滞在。
今まで話せなかったことを夜中まで語り合いました。

私もまだ20代でカンボジアに来たばかり、なりゆきとはいえ孤児院の責任者
となり自分なりにできることに取り組む中で壁にぶつかっては悩み、落ち込み、
涙を流してしまうこともありました。

そんなときにいつもそばにいてくれたのが元夫・・・・ではなく佐々木さん(笑

同じ建物の隣の部屋に住んでいた彼女とはまさに寝食を共にした仲。
今となってはどうでもいいと思えるようなことも当時渦中にいた自分では
処理しきれず彼女にはずいぶん支えてもらいました。
息子が赤ちゃんの時から成長を一緒に見守ってくれた貴重な存在でもあります。

長い共同生活の中、けんかになったこともあります。
私が離婚に至るまでのつらい時期を支えてくれたのも彼女でした。

たとえ感情的にぶつかっても全力でお互いの気持ちを伝えあい、問題を乗り
越えてきたからこそ今の深い関係が築けたのだと思います。

彼女が日本に帰ってしまうことが決まってもこれで終わる関係ではないという
安心がありました。
そして今でも・・・。

今回のカンボジアはいつもの添乗とは違って、新しいツアー企画のための
視察も兼ねつつプライベートな時間もあるので・・・

自転車で田舎道を走ってちょっと休憩

子どもたちと西バライ
ここにいる子たちは全員佐々木さんの元生徒
(おじさん以外・笑)

グランドホテルのハイティー
ここには書ききれないほど一気に楽しんでいます(笑

今年は年女の彼女、絶賛婚活中でもありますので(笑)どなたか我こそは
という人がいましたら私にご一報ください。

って、ええ話やったのにこのオチでいいのかしら・・・(苦笑

そんなこんなで干支を一回りした関係、これからもずっと続けていきたいと
思っています。

彼女のブログも見て下さいね。私も時々登場します。
http://skapit.exblog.jp/ 




2013/04/11

飛行機好きの息子と・・・

息子が初めて乗った飛行機はタイ航空。
まだ赤ちゃんのころ。行先はバンコク経由のプノンペン。
当時はシェムリアップに到着する飛行機がなかったのでまずは
プノンペン、そして国内線でシェムリアップに移動が定番でした。


小学校6年生のときには一人で飛行機に乗り、カンボジアと日本を
往復しました。

機体にも詳しいのであれこれと説明してくれるのですが、機体よりも
機内食専門の私にはチンプンカンプン(苦笑


以前、TV取材の際に行ったことのある飛行機の離発着がよく見える
とあるポイントに久しぶりに行こうということになりました。


実際はもっと大きく見えます・笑
ネットで何時に飛行機が到着するか調べて教えてくれる息子。
20分ほど待つとやってきました、シンガポールからのシルクエア。

しばらくするとベトナム航空が離陸。


いつもあれに乗ってるんだなあ・・・と思いつつ、夕暮れの飛行機観察を
しばし堪能しました。

トミカ→プラレール→飛行機と好きな乗り物が移り変わって行った息子
ですが、飛行機への夢は継続中。
子どものときからぶれない夢があることをちょっとうらやましく思ったり。

その後は日本から到着予定の友人を迎えに空港に向かいました。


ちなみにこの柵の外側は・・・
たんぼ!
乾季なので稲はなく、牛が駆け回っていました(笑
あぜ道を走行しつつ、私も息子もたくましくなったもんだと思いました・・・。

2013/04/01

地方に行って

カンボジアには全部で24の州があります。
今月でカンボジアに移住して14年になる私はそのうちのまだ
半分も行ったことがありません。

先月コンポンチャム州という隣の隣にある州に行く機会がありました。
うちの子どもたちが通うアンコール高校の女子バレー部がシェムリアップ
州代表チームとなり、孤児院の女子3名もそのメンバーとして選抜された
ので試合の応援に駆けつけました。

カンボジアでの運転歴14年の私もコンポンチャム州までというのは
初めてのこと。

知らない景色の中のドライブ。
最近全然田舎に行っていなかったなあと思いながら景色を楽しむことも
できました。

途中、広大なゴム農園を見たり、小学校に並ぶ巨大な滑り台に驚いたり。


そんなことをしているうちに到着が大幅に遅れましたが、子どもたちの
試合は翌日。
のんびりと運転できてよかったです。

ホテルの予約もせずに行ったのでいくつかをその場であたってみて、3軒目で
部屋を確保。
そこから見えた翌朝の朝日はとてもきれいでした。
てまえはメコン川
右手には日本の支援でできた「キズナ橋」が
試合の様子は下記ブログにて。
「バレー全国大会出場」

応援も終わり帰途につく前に同行していた方より、面白い橋があるよ、と
教えてもらい行ってきました。

すべて竹でできている橋
びっくりですが材料は竹のみ。
そこをバイクや車が平気で走り抜けます。
東南アジアのこの奔放さがたまりませんね(笑

一方左手には日本の支援で造られた「キズナ橋」が。
日本の技術で造られた橋
ガードレールも日本風でした
昔からのものと近代的なものが同居していて面白い風景。
私が過ごした14年でカンボジアもずいぶん変わったなあと、久々の
サトウキビジュースを飲みながら思っていました。

これ昔はナイロン袋に直接入って500リエル
今はカップに入れてくれて1000リエルでした

普段は完全インドア派の私ですが、ドライブって言うのはいいですね。

インドアなんだけど、ちょっとだけアウトドア(笑

今年はいつもよりも少し多めに地方に足を延ばしてみたいなと思います。

2013/02/27

もう7年・・・

思い立って実家でいつも使っている部屋を模様替えしました。

毎年帰国するたびに「やろうかな・・・」と思いつつ、できなかったこと。

今年は思いがけずこの時期に帰国する機会をもらったので、


これはいい加減手をつけなさいと言われているんだろうな


と、思い・・・。


私と息子が帰国時に使っているのは亡くなった母の部屋。
華道と茶道の講師、和歌山にある世界遺産の熊野古道の県認定
ガイドも務めていた母の部屋は資料や文献だらけ。
茶道具も山ほど・・・。
母が使い勝手の良いように置かれた家具やベッドなど、私と息子が
二人で過ごすにはなんとなく違うような・・・。

それでも母のことを思うとなかなか手がつけられないままになって
しまっていました。

寒いと覚悟してきた日本ですが、この日はさほど寒くない。
もうやるしかないなと、1日中一人であーでもないこーでもないと
部屋で格闘していました。

母が生きていた証となるものたちを保管しつつ、その後新たに増えた
私と息子の荷物を片付ける作業。
もくもくと続けていると、夕方には全部終わりました。

脱力・・・。

やればできるのね・・・。
ベッドや家具を動かして、床はちょっと傷ついたけど満足(笑

ふとある棚の引き出しを開けてみました。
なんだか立派な箱にあったモノ
茶道と華道のお免状でした。
カンボジアに行ってしまってもう13年になりますが、母は私のお免状を
こんなに丁寧に置いてくれていたのですね。
中にあったものはすべて私の名前のお免状でした。

今回は部屋の家具の配置を決めて、大まかに荷物整理をしただけ
でしたが、夏の帰国のときには棚や引き出しの中も少しずつ見て
行こうと思っています。

一度に全部終わらせず、少しずつ母を感じる時間にしたいな、と。

超がつくマザコンの私らしくていいですよね(笑


それにしても今日は体中が痛いです。筋肉痛??
そんな私を見て母も笑ってるかな。

母を突然亡くしてから、ようやく私もそこから前に進んだような1日でした。


2013/01/09

TV出演~♪

といっても、私じゃないのです(笑

カンボジアで仲良くさせてもらっているお友達夫婦がTV出演することに
なりました!

読売テレビの「グッと地球便!」に出演したこともあるご夫婦です。
私も同じ番組に出させて頂いたことがあります・笑

だんなさんの佐藤智之さんは淡水魚の研究のためにカンボジアへ。
奥さんの典子さんは美容師さん、現在彼女にお世話になっている在住日本人
女性多数です!(私もその一人)

今回二人が出演する番組は・・・

テレビ東京系列
「世界ナゼそこに?日本人~知られざる波乱万丈伝~」 
↑詳細はココから

2013年1月18日(金) 7:54pm~

研究者の夫と共にカンボジアに来て、美容師をしながら支える典子さん。
その典子さんの気持ちを深く理解して大切にする智之さん。

私はいつもこのご夫婦を見ていると幸せな気持ちになります。
同時に・・・

ちょっとうらやましい(笑

普段は他人のことをうらやましいと思うことはほとんどないんですが、
本当に支え合いながら夢に向かっている素敵なご夫婦なのです。

ちなみに奥さんの典子さんは、

スナーダイ・クマエ孤児院女子バレー部顧問

でもあります!

高校時代にバレー部の主将をしていたらしい典子さんの指導のおかげで
女子バレー部は負け知らずです。
他の施設との対抗試合でもその強さを見せつけています。(おおげさ・苦笑)

ということで、皆様、どうかこの番組ご覧くださいね!

私はちょうどカンボジアに戻る日になるので見れませんが・・・(泣
どなたか録画よろしくお願いします!!(笑



2013/01/07

新しい年を迎えて・・・2013

私が始めてカンボジアに行ったのが1997年。
びっくりですがもう16年も前の話なんですね・・・。

そして施設の活動に関わるようになってからもうすぐ13年。

最初の5・6年を振り返ると言葉や習慣の壁と格闘しつつ、子どもたちに
掃除や洗濯の仕方を教えたり、手洗い、歯磨きなど衛生習慣の定着、
共同作業から心のつながりを強めていくというような日々を送っていた
ように思います。

その後はスタッフの育成にも目を向けるようになりました。

そして数年前からは施設の団体としての自立運営に必要なことについて
考えていく時期に入ってきました。


私はどうしてもカンボジアの子どもになにかをしたいという熱い気持ちを
抱いてカンボジアに来たわけではありません。
たまたまの連続で今があるように思います。

先日ある方の講演会にお邪魔した際にこんなことをお話しされていました。

「やりたいこととできることは違います。できる人ができることをすればよいのです。
できない人が無理をしてする必要はありません。」

そういうようなお話だったように記憶しています。

私はここでの仕事を自分ができることだと思ったことはないのですが、これだけ
続けさせて頂けるということはきっと自分にとってできることがある場を与えて
もらえたのだと感じます。

人それぞれ、耐えることのできる限界点は違うと思います。

他人が見れば苦労に感じることも当の本人はさほど感じていないこともある
でしょう。
それもある種の能力なのかもしれませんね(笑

私は周りの方々の引き立てでここまでやってくることができました。
専門もなければ、特別に自慢できる能力を持っているわけでもありません。


「お前の立場の場合、ある意味1つに限定した能力よりもマルチにいけた
ほうが全部を見渡せる、それがむしろ必要なことやからそれでええんと
ちゃうか。」

年末に友人からこんなことも言われました。



目標を立ててそれに向かってがんばることがとても苦手なのですが、こんな
ふうになれたらいいなと空想することは好きです。
明確ではない漠然とした希望を思い描きつつ、特にがむしゃらでもなく、普通に
目の前のできることをやっていく、そんないつも通りの1年をすごせたらと思います。

私は本当に周りの人に恵まれているので、そのことだけは忘れないように。
亡くなった母にもよく言われていました。

父の口癖「何が一番大事かだけ考えて行動すればいい」も忘れないように。


忘れっぽいので心配ですが(笑

そんな私ですが、どうか懲りませず今年もよろしくお願いします。