子どもたちの元気な声と足音を部屋で聞きながら、今回も楽しそうだなと
目を細める機会が多くなるのは春と夏。
学生さんたちが長期のお休みに入る季節です。
地球の歩き方交流ツアーの受け入れを始めさせていただき、今年で13年目に
なります。
このツアーでの私の役割はたった一言でも参加した皆さんの心に残る
言葉を贈ることだと思っています。
せっかくはるばるカンボジアまで来てくれているので、私はその役割に
徹したいのです。
これまでの参加者の皆さんとは今でもつながっています。
絵画展をお手伝いしてくれたり、絵画展を毎年欠かさず見に来てくれたり、
何度もカンボジアに来てくれたり、カンボジアに留学までしちゃった人も。
2月末にもこのツアーの受け入れがありました。
これまでは交流を終えて最後に私と参加者の皆さんが対面するということが
多かったのですが、今回からは私が最初に施設のこと、私たちの思いを
お伝えすることから始めさせていただきました。
(話を聞きたい!という方は訪問してきてください・笑)
施設創設時の子どもたち、今の子どもたちや卒業生のこと、そして私自身が
受けてきた家庭教育について、カンボジアから見える日本のこと、1時間しか
ないのですがたっぷりお話ができました。
それを踏まえての子どもたちとの交流で日本の若い人たちが何を感じて
持って帰ってくれるのか、今はそれが楽しみです。
カンボジアまでわざわざ行こうと思ってくれた人たちの感じる力を信じたいな
という思いもあります。
私が15年以上もここでやってこれたのは、自分の親と同世代の支援者の
皆さんがいて下さったから。
右も左もわからないような若輩者の力を信じて、根気強く付き合ってくださった
から今の自分があると思います。
そしてそんな私のそばで「好意に甘え過ぎず、調子に乗らず、感謝の気持ち
を忘れずにやっていきなさい」と、何度も繰り返し言ってくれた母の存在は
大きかったです。
私もここで少しずつ歳を重ね、気がつけばツアー参加者の親御さんと同じ
くらいの世代になっています。
私がこのツアーで若い人たちに何を発信できるのか、そのときの自分と
対峙しながら考えています。
そして結局そのことを通じて自分が思いを馳せているのは日本。
今の自分を形作る様々な言葉や経験をくれた、日本の皆さんだったりします。
教えてもらったことを次の世代につたえていくことが自然にできる、そんな
自分でありたいなと。
同じように考える人の輪が少しずつ広がりを見せてくれたら・・・。
子どもたちとの交流が楽しいということだけに終始するのではなく、
子どもをみんなで育むことの意味や、それがなににつながっていくのか
ということまで考えてもらえるようなツアーにしたいです。
うちの子どもたちの笑顔の向こう側にあるものがなんなのか、それを
考えることで自分の子ども時代も振り返ってほしいですね。
13年の時を経て、私自身のスタディツアーへの向き合い方も変わっていく、
面白なと思います。
2016/03/04
2016/02/17
難しいコトバやリクツはいらないのです
近年はハロウィンに押され気味とのうわさもあるバレンタイン。
カンボジアではまだまだハロウィンには負けてないようです。
男性が意中の女性にバラの花を贈るという、日本とは少し違った習慣が
定着しているカンボジア。
なんてサラッと書きはじめましたが、実は1か月ぶりの更新。
相変わらずの筆の遅さ、お許しください。
私からは毎年子どもたちとスタッフに、地元にあるお土産屋さん「キャンディ
アンコール」さんの飴ちゃん(関西のおばちゃん風)が定番プレゼント。
夕方卒業生のケインちゃんが部屋に来てくれました。
彼女は今、チョコレートを製造している会社のお手伝いをしているとか。
忙しくて来れないと言っていたパナーの分のお花と一緒にそのチョコレートを
贈ってくれました。
実はケインを含む、他4名の卒業生たちがバレンタインの前日に集まって、
少しずつお金を出し合い、子どもたちにもプレゼントを買ってくれていたんです。
この日の午前中に5人の代表として届けてくれたサヴィーからその話を
聞いていたので、
「ケイン、子どもたちへのプレゼントもありがとうね。みんな喜んでたよ。」
私がそう話すと、ケインは続けました。
「おかあさん、私にありがとうって言わないで。だって、私たちはおかあさんから
たくさん助けてもらったでしょう。だから私たちは子どもたちに親切にしたいと
思うだけなんですよ。」
誰かにもらった思いやりを、今度は別の誰かに受け渡す。
そんなシンプルな気持ちのやり取りが、長いときを超えて行われたのですね。
難しいコトバやリクツなんていりませんね。
好きだから・・・、自分にとって大切だから・・・。
ただそれだけが理由なんじゃないかな。
自分の一番そばにいる人たちに思いやりを。
そこから始めたら、時間はかかるけどきっとなにかが変わっていくはず。
ケインに教えられた気持ちです。
みんな、ありがとう。
★おまけ★
最終的には、卒業生ケイン・パナー・サイハーからの花束、そして子どもたちからの
花束。さらには卒業生全員からフルーツまで・・・。
ドラゴンフルーツとランブータンの甘さにほっとした時間のバレンタインデーでした。
カンボジアではまだまだハロウィンには負けてないようです。
男性が意中の女性にバラの花を贈るという、日本とは少し違った習慣が
定着しているカンボジア。
なんてサラッと書きはじめましたが、実は1か月ぶりの更新。
相変わらずの筆の遅さ、お許しください。
私からは毎年子どもたちとスタッフに、地元にあるお土産屋さん「キャンディ
アンコール」さんの飴ちゃん(関西のおばちゃん風)が定番プレゼント。
| いろんな柄とフレーバー |
彼女は今、チョコレートを製造している会社のお手伝いをしているとか。
| チョコとバラの花 |
贈ってくれました。
実はケインを含む、他4名の卒業生たちがバレンタインの前日に集まって、
少しずつお金を出し合い、子どもたちにもプレゼントを買ってくれていたんです。
この日の午前中に5人の代表として届けてくれたサヴィーからその話を
聞いていたので、
「ケイン、子どもたちへのプレゼントもありがとうね。みんな喜んでたよ。」
私がそう話すと、ケインは続けました。
「おかあさん、私にありがとうって言わないで。だって、私たちはおかあさんから
たくさん助けてもらったでしょう。だから私たちは子どもたちに親切にしたいと
思うだけなんですよ。」
誰かにもらった思いやりを、今度は別の誰かに受け渡す。
そんなシンプルな気持ちのやり取りが、長いときを超えて行われたのですね。
難しいコトバやリクツなんていりませんね。
好きだから・・・、自分にとって大切だから・・・。
ただそれだけが理由なんじゃないかな。
自分の一番そばにいる人たちに思いやりを。
そこから始めたら、時間はかかるけどきっとなにかが変わっていくはず。
ケインに教えられた気持ちです。
みんな、ありがとう。
★おまけ★
最終的には、卒業生ケイン・パナー・サイハーからの花束、そして子どもたちからの
花束。さらには卒業生全員からフルーツまで・・・。
ドラゴンフルーツとランブータンの甘さにほっとした時間のバレンタインデーでした。
2016/01/17
21年目
1月17日、一生忘れることのない日。
あの日の早朝、試験勉強のため徹夜していた私。
隣の家のおばさんは圧死したけれど、すぐ横で生きのびた私。
そしてなぜか今はカンボジアに住んでいる私。
21年経っても、あの日の記憶はすべてモノクロでしか思い出せません。
神戸から色が消えた日でした。
あのとき神戸に住んでいたというと、カンボジアでの使命が待っていたから
生かされたのかもしれないねという言葉をもらうことがあります。
そういうふうに言ってくださる方を否定するわけではないのですが、でも
違うんです。
みんな同じ状況だったのに、たまたま命拾いしたんです。
あのときにもらった命だから、カンボジアで子どもたちと一緒に暮らすことを
心に決めた、なんて安っぽいことは死んでも言えないと思っています。
そのことを今のカンボジアの活動の意味づけになんてとてもじゃないけど
できません。
6000人以上もの方が亡くなったあの震災にむけて、生き残ったから自分は
どうのこうのなんて言えないんです。
みんな生きたかった、それだけが真実だと思います。
生きている自分に今日できることといえば、静かに祈ることだけです。
また1年、丁寧に生きよう。
あの日の早朝、試験勉強のため徹夜していた私。
隣の家のおばさんは圧死したけれど、すぐ横で生きのびた私。
そしてなぜか今はカンボジアに住んでいる私。
21年経っても、あの日の記憶はすべてモノクロでしか思い出せません。
神戸から色が消えた日でした。
あのとき神戸に住んでいたというと、カンボジアでの使命が待っていたから
生かされたのかもしれないねという言葉をもらうことがあります。
そういうふうに言ってくださる方を否定するわけではないのですが、でも
違うんです。
みんな同じ状況だったのに、たまたま命拾いしたんです。
あのときにもらった命だから、カンボジアで子どもたちと一緒に暮らすことを
心に決めた、なんて安っぽいことは死んでも言えないと思っています。
そのことを今のカンボジアの活動の意味づけになんてとてもじゃないけど
できません。
6000人以上もの方が亡くなったあの震災にむけて、生き残ったから自分は
どうのこうのなんて言えないんです。
みんな生きたかった、それだけが真実だと思います。
生きている自分に今日できることといえば、静かに祈ることだけです。
また1年、丁寧に生きよう。
2016/01/07
母の命日
新年あけましておめでとうございます。
新年のごあいさつですら遅れがちのわたくし。
どうか懲りませず、今年もよろしくお願いいたします。
「お姉ちゃんはええなあ、長いことお母さんと一緒にいられて。って
あやちゃん(私の母)には何回もそんなこと言われたんよ」
お正月、田舎で親戚が近所にたくさんいる中で育ったもので、毎年元日には
叔母のうちにあいさつにいきます。
今年もいつもと変わらずに行ったのですが、少し遅れてしまったこともあり
いとこたちはそれぞれどこかに行ってしまっていました。
残されていた叔母(といってももう80前のおばあちゃん)が話し出したのは、
いつもならにぎやかな食卓に残された私と二人の時でした。
叔母と私の母は10歳も離れたきょうだいです。
それで叔母に母は、お姉ちゃんのほうがお母さん(私の祖母)とたくさん
時間を過ごせてうらやましいとよく言っていたそうなのです。
私は母からおじいちゃんの話はよく聞いていたので、おばあちゃんのことを
そんな風に言っていたことを知りとても意外に感じました。
叔母はつづけて言いました。
「あやちゃんが亡くなった時、私は涙も出んかった。あの子が先に逝くなんて
誰も思ってへんかったやろ。茫然と、なんで?なんで?と思うだけやった。」
このブログに何度か書いていますが、私の母は2006年に急性心不全で
亡くなっています。
その日の朝まで元気だったので、誰もが信じられない思いだったのです。
叔母からそんな自分の気持ちを聞かされたのは初めてのことでした。
「だからな、あやちゃんは私らよりも早くおばあちゃんのところに行きたかった
んかなあって。私はそう思って納得するしかなかったんよ。」
叔母の最後の言葉を聞いて、母への関わり方が違うと死の受け止め方も
違うんだなと思っていました。
そこに違和感はなく、むしろ叔母の言葉のおかげで腑に落ちたような気が
したのです。
私は母がどうして60歳という年齢でこの世を去ってしまったのか、自分が生きている
間にその答えは見つからないと思っています。
叔母の話を聞くことができて、それが答えではないけれど、少し救われた
ような気持ちになったのでした。
今日、1月7日は母の命日です。
昨年9月に膵臓癌で亡くなった父と一緒に私や叔母のことを見ていてくれた
かもしれませんね。
それとも、叔母の体を使って母が私にくれたメッセージだったのかもしれません。
母の命日だからこそ、明日カンボジアに戻るというバタバタの中でもこの
ことをブログにつづりたいと思いました。
元日に母を感じることができた2016年。
今年は新しいことにも挑戦していきたいと思っています。
相変わらずの不定期すぎる更新ですが、皆様温かく見守っていただけましたら
幸いでございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
新年のごあいさつですら遅れがちのわたくし。
どうか懲りませず、今年もよろしくお願いいたします。
「お姉ちゃんはええなあ、長いことお母さんと一緒にいられて。って
あやちゃん(私の母)には何回もそんなこと言われたんよ」
お正月、田舎で親戚が近所にたくさんいる中で育ったもので、毎年元日には
叔母のうちにあいさつにいきます。
今年もいつもと変わらずに行ったのですが、少し遅れてしまったこともあり
いとこたちはそれぞれどこかに行ってしまっていました。
残されていた叔母(といってももう80前のおばあちゃん)が話し出したのは、
いつもならにぎやかな食卓に残された私と二人の時でした。
叔母と私の母は10歳も離れたきょうだいです。
それで叔母に母は、お姉ちゃんのほうがお母さん(私の祖母)とたくさん
時間を過ごせてうらやましいとよく言っていたそうなのです。
私は母からおじいちゃんの話はよく聞いていたので、おばあちゃんのことを
そんな風に言っていたことを知りとても意外に感じました。
叔母はつづけて言いました。
「あやちゃんが亡くなった時、私は涙も出んかった。あの子が先に逝くなんて
誰も思ってへんかったやろ。茫然と、なんで?なんで?と思うだけやった。」
このブログに何度か書いていますが、私の母は2006年に急性心不全で
亡くなっています。
その日の朝まで元気だったので、誰もが信じられない思いだったのです。
叔母からそんな自分の気持ちを聞かされたのは初めてのことでした。
| 45年前のあやちゃん |
んかなあって。私はそう思って納得するしかなかったんよ。」
叔母の最後の言葉を聞いて、母への関わり方が違うと死の受け止め方も
違うんだなと思っていました。
そこに違和感はなく、むしろ叔母の言葉のおかげで腑に落ちたような気が
したのです。
私は母がどうして60歳という年齢でこの世を去ってしまったのか、自分が生きている
間にその答えは見つからないと思っています。
叔母の話を聞くことができて、それが答えではないけれど、少し救われた
ような気持ちになったのでした。
今日、1月7日は母の命日です。
昨年9月に膵臓癌で亡くなった父と一緒に私や叔母のことを見ていてくれた
かもしれませんね。
それとも、叔母の体を使って母が私にくれたメッセージだったのかもしれません。
母の命日だからこそ、明日カンボジアに戻るというバタバタの中でもこの
ことをブログにつづりたいと思いました。
元日に母を感じることができた2016年。
今年は新しいことにも挑戦していきたいと思っています。
相変わらずの不定期すぎる更新ですが、皆様温かく見守っていただけましたら
幸いでございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
2015/12/25
聖なる日、思うこと・・・ と番組の告知
大変ご無沙汰するのが恒例となっております、メアス博子です。
また3ヶ月も放置してしまったブログ。やる気はあります、一応あります。
今日はクリスマスですねえ。
最近はカンボジアでもクリスマスが定着?認識?されてきています。
一時帰国中の私にもカンボジアから卒業生のケインちゃんがクリスマス
メッセージを送ってきてくれました。
カンボジアに行って間もないころに、夜中こっそりと子どもたちの蚊帳の中に
プレゼントを置いて回ったんですけど、朝になってみんなから「サンタさん、
ありがとう」とまっすぐな瞳を向けられたことを思い出しました。切なかった、
完全にばれてました、わたくし。
それはさておき・・・
12月13日に卒業生のラーヴォの奥さんが第一子となる男の子を無事に
出産しました。
3700gとかなりのビッグ赤ちゃんだったようです。奥さんのナリーちゃん、おつかれ
さまでした。
私は名古屋での絵画展のために一時帰国中。
仕事が始まる前にこの一報が入りました。うれしかったなあ。
そしてこの短い滞在ですが、友人宅や親せき宅で感じたことを・・・。
私がお邪魔したお宅には、おじいちゃん、おばあちゃん、きょうだい、いとこやその
子どもたちがみんな集まっていました。
おじいちゃんやおばあちゃんに甘えるお孫さん、おかあさんやその他たくさんの
親せきたちに抱っこされる赤ちゃん、久々に会って他愛もない話で盛り上がるいとこ
たち・・・。
うーーん、やっぱり家族の健康とこの平和な雰囲気に勝る幸せはない、な。
なんでもない当たり前のことに見えるかもしれないけど、これを普通と思えるように
守っているみんながすごいし、そういうものがそばにあることが幸せなんだなあと
かみしめて感じていました。
きょうだいでちょっとした小競り合いをしながらお父さんやお母さんに叱られたり、
それでも結局はみんなでおいしくご飯を食べたり、笑ったり。
幸せなことなんやなあ、これが一番の幸せやなあ、と。
ラーヴォにとって子ども時代はうちの施設がすべてになっていて、いわゆる
普通の家庭の中では育っていないけど、今彼の腕に抱かれている赤ちゃんは
これからラーヴォとナリーちゃんから愛情をいっぱいに受けて育っていく。
ラーヴォがそんなお父さんになるために必要だった子ども時代の経験の中に
私がいるのだとしたら、それもまたすごく幸せなこと。
「本当にかわいくて、ずっと見ていたい気持ちです」ラーヴォがくれたメッセージ。
子どもを見てそんなふうに思える人に育ってくれてありがとう。
私が息子を出産した瞬間に母が言ったのは、
「やっとこれで命のバトンタッチができた」
だったんだけど、すこしだけその気持ちがわかるような気がしました。
命をつないでいくことは決して子どもを産むということだけではないんですね。
親から教えられたことを子どもに伝えることが命をつなぐこと。
子どもは自分が産んだ子であるとは限らない。
自分に関わる子どもたち、みんなが大切な命で。
親から受け取ったものを自分なりにどうやって子どもに伝えるのかということを
意識できるかどうかで、自分の生き方も変わってくるように思います。
日本の家族の様子やラーヴォの第一子誕生から、そんなことを思っていた聖なる日
なのであります。
みなさんはどんな年末をお過ごしでしょうか??
大切な人たちとのかけがえない時間(一見当たり前に思えるもの)をすごしてくださいね。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
【テレビで紹介していただきます】
12月28日(月)午後9時から
テレビ東京系列
「世界ナゼそこに?日本人 2時間半スペシャル」
テレビ東京系列なのでお住まいの地域で放送があるかどうかご確認ください。
ちなみにわたくしの地元である和歌山では放送されない模様です(笑
また3ヶ月も放置してしまったブログ。やる気はあります、一応あります。
今日はクリスマスですねえ。
最近はカンボジアでもクリスマスが定着?認識?されてきています。
一時帰国中の私にもカンボジアから卒業生のケインちゃんがクリスマス
メッセージを送ってきてくれました。
カンボジアに行って間もないころに、夜中こっそりと子どもたちの蚊帳の中に
プレゼントを置いて回ったんですけど、朝になってみんなから「サンタさん、
ありがとう」とまっすぐな瞳を向けられたことを思い出しました。切なかった、
完全にばれてました、わたくし。
それはさておき・・・
12月13日に卒業生のラーヴォの奥さんが第一子となる男の子を無事に
出産しました。
| 小さい命を腕の中に・・・ |
さまでした。
私は名古屋での絵画展のために一時帰国中。
仕事が始まる前にこの一報が入りました。うれしかったなあ。
そしてこの短い滞在ですが、友人宅や親せき宅で感じたことを・・・。
私がお邪魔したお宅には、おじいちゃん、おばあちゃん、きょうだい、いとこやその
子どもたちがみんな集まっていました。
おじいちゃんやおばあちゃんに甘えるお孫さん、おかあさんやその他たくさんの
親せきたちに抱っこされる赤ちゃん、久々に会って他愛もない話で盛り上がるいとこ
たち・・・。
うーーん、やっぱり家族の健康とこの平和な雰囲気に勝る幸せはない、な。
なんでもない当たり前のことに見えるかもしれないけど、これを普通と思えるように
守っているみんながすごいし、そういうものがそばにあることが幸せなんだなあと
かみしめて感じていました。
きょうだいでちょっとした小競り合いをしながらお父さんやお母さんに叱られたり、
それでも結局はみんなでおいしくご飯を食べたり、笑ったり。
幸せなことなんやなあ、これが一番の幸せやなあ、と。
ラーヴォにとって子ども時代はうちの施設がすべてになっていて、いわゆる
普通の家庭の中では育っていないけど、今彼の腕に抱かれている赤ちゃんは
これからラーヴォとナリーちゃんから愛情をいっぱいに受けて育っていく。
ラーヴォがそんなお父さんになるために必要だった子ども時代の経験の中に
私がいるのだとしたら、それもまたすごく幸せなこと。
「本当にかわいくて、ずっと見ていたい気持ちです」ラーヴォがくれたメッセージ。
子どもを見てそんなふうに思える人に育ってくれてありがとう。
私が息子を出産した瞬間に母が言ったのは、
「やっとこれで命のバトンタッチができた」
だったんだけど、すこしだけその気持ちがわかるような気がしました。
命をつないでいくことは決して子どもを産むということだけではないんですね。
親から教えられたことを子どもに伝えることが命をつなぐこと。
子どもは自分が産んだ子であるとは限らない。
自分に関わる子どもたち、みんなが大切な命で。
親から受け取ったものを自分なりにどうやって子どもに伝えるのかということを
意識できるかどうかで、自分の生き方も変わってくるように思います。
日本の家族の様子やラーヴォの第一子誕生から、そんなことを思っていた聖なる日
なのであります。
みなさんはどんな年末をお過ごしでしょうか??
大切な人たちとのかけがえない時間(一見当たり前に思えるもの)をすごしてくださいね。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
【テレビで紹介していただきます】
12月28日(月)午後9時から
テレビ東京系列
「世界ナゼそこに?日本人 2時間半スペシャル」
テレビ東京系列なのでお住まいの地域で放送があるかどうかご確認ください。
ちなみにわたくしの地元である和歌山では放送されない模様です(笑
2015/09/06
読売テレビ系列「グッと!地球便」1時間スペシャル
すっかりブログの更新が滞りまくり、気がつけば3か月近く放置と
なっておりました。
懲りずに今まさにこの画面を見てくださっているあなた!素敵です(笑
ありがとうございます。
今日は6月に取材を受けたTV番組の告知を・・・
2009年にも出演させて頂いた、「グッと!地球便」という番組です。
この番組は海外で暮らす家族の様子を録画したものをお笑い芸人の
ぐっさんこと山口智充さんが日本の家族に見せに来てくれるという
内容です。
以前の出演の際には、私の様子をぐっさんが実家に持って行ってくれて
父と姉と共に見てくれました。
あとで地元の同級生に聞きましたが、ぐっさんが私の実家に入っていく
のを見ていた人がたくさんいたそうで、何事かと思っていたらしいです(笑
父はぐっさんと一緒に取ってもらった写真のデータを誤って消去して
しまっていました・・・なんてこと・・・。
今回はスペシャル番組ということで、普段は海外に行かないぐっさんが
現地に赴き過去の出演者を訪ねるという内容、私も息子もわくわくでした。
正直にいうと、ぐっさんは(ぐっさんって気安く呼んでしまっていますが・・・)
本当にすごくいい雰囲気をまとった方でした。
大物オーラで他人を寄せ付けないみたいな怖い感じもないし、インタビュー
されても威圧感がないのですらすらとお答えすることもできました。
写真撮影にも気軽に応じてくださったし、息子はセルフィーで撮ってもらって
いました。(セルフィーにした息子にも驚きましたが・・・笑)
無類の飛行機好き、機内アナウンスマニアの息子に付き合って下さって、
休憩時間なのに飛行機の声帯模写(ぐっさん)から機内アナウンス(息子)
という流れでモノマネまで披露してくれました。
めっちゃええ人やなあと思いながら、プロの芸に口を開けて見るだけの母。
子どもたちと交流する際も不公平が出ないように気遣ってくれていたのが
印象的でした。
ここまで書いた話、インタビューのこと以外はカメラの回ってないところでの
出来事です。
ほんまにすごいええ人やなあっていう印象しかありませんでした。
何回もいいます、ぐっさんはとてもいい人でした!(笑
ほんで放送はいつやねん!という突っ込みがそろそろきそうなので・・・
↓ ↓ ↓
読売テレビ系列
『グッと!地球便 1時間スペシャル*カンボジア』
9月6日(日) 午前9時55分~
いつもより30分早く始まるそうです。忘れそうな方は今から予約しておきましょう!
番組の予告サイトはこちらです
『グッと!地球便 1時間スペシャル』
私の他にも過去にこの番組に出演された皆さんが取り上げられています。
・CANDY ANGKOR 飴細工職人 YAYOIさん
・淡水魚研究家 佐藤智之さんと美容師 典子さん夫妻
・遺跡修復に従事されている??さん(番組のHPでも名前がないのでここでも)
この3組の皆さん、普段からよく知っている顔なじみの方ばかりです。
知っている人たちと一緒に出演ってどんな感じになっているのか、自分でも
楽しみです。
残念ながらぐっさんと一緒に撮って頂いた写真は掲載できないのですが、
とても自然にさっと肩に手を回してくれたのが本当によい思い出の一枚に
なりました。
私はカンボジアにいますので6日の放送は見れないのですが、ご覧になった
方はぜひご感想などもお知らせ下さいね。
よろしくお願いします。
なっておりました。
懲りずに今まさにこの画面を見てくださっているあなた!素敵です(笑
ありがとうございます。
今日は6月に取材を受けたTV番組の告知を・・・
2009年にも出演させて頂いた、「グッと!地球便」という番組です。
この番組は海外で暮らす家族の様子を録画したものをお笑い芸人の
ぐっさんこと山口智充さんが日本の家族に見せに来てくれるという
内容です。
以前の出演の際には、私の様子をぐっさんが実家に持って行ってくれて
父と姉と共に見てくれました。
あとで地元の同級生に聞きましたが、ぐっさんが私の実家に入っていく
のを見ていた人がたくさんいたそうで、何事かと思っていたらしいです(笑
父はぐっさんと一緒に取ってもらった写真のデータを誤って消去して
しまっていました・・・なんてこと・・・。
今回はスペシャル番組ということで、普段は海外に行かないぐっさんが
現地に赴き過去の出演者を訪ねるという内容、私も息子もわくわくでした。
正直にいうと、ぐっさんは(ぐっさんって気安く呼んでしまっていますが・・・)
本当にすごくいい雰囲気をまとった方でした。
大物オーラで他人を寄せ付けないみたいな怖い感じもないし、インタビュー
されても威圧感がないのですらすらとお答えすることもできました。
写真撮影にも気軽に応じてくださったし、息子はセルフィーで撮ってもらって
いました。(セルフィーにした息子にも驚きましたが・・・笑)
無類の飛行機好き、機内アナウンスマニアの息子に付き合って下さって、
休憩時間なのに飛行機の声帯模写(ぐっさん)から機内アナウンス(息子)
という流れでモノマネまで披露してくれました。
めっちゃええ人やなあと思いながら、プロの芸に口を開けて見るだけの母。
子どもたちと交流する際も不公平が出ないように気遣ってくれていたのが
印象的でした。
ここまで書いた話、インタビューのこと以外はカメラの回ってないところでの
出来事です。
ほんまにすごいええ人やなあっていう印象しかありませんでした。
何回もいいます、ぐっさんはとてもいい人でした!(笑
ほんで放送はいつやねん!という突っ込みがそろそろきそうなので・・・
↓ ↓ ↓
読売テレビ系列
『グッと!地球便 1時間スペシャル*カンボジア』
9月6日(日) 午前9時55分~
いつもより30分早く始まるそうです。忘れそうな方は今から予約しておきましょう!
番組の予告サイトはこちらです
『グッと!地球便 1時間スペシャル』
私の他にも過去にこの番組に出演された皆さんが取り上げられています。
・CANDY ANGKOR 飴細工職人 YAYOIさん
・淡水魚研究家 佐藤智之さんと美容師 典子さん夫妻
・遺跡修復に従事されている??さん(番組のHPでも名前がないのでここでも)
この3組の皆さん、普段からよく知っている顔なじみの方ばかりです。
知っている人たちと一緒に出演ってどんな感じになっているのか、自分でも
楽しみです。
残念ながらぐっさんと一緒に撮って頂いた写真は掲載できないのですが、
とても自然にさっと肩に手を回してくれたのが本当によい思い出の一枚に
なりました。
私はカンボジアにいますので6日の放送は見れないのですが、ご覧になった
方はぜひご感想などもお知らせ下さいね。
よろしくお願いします。
2015/06/18
子どもに好かれなくてもいい
日本の一部店舗で販売されているという、ハーゲンダッツの抹茶きなこ黒蜜が
気になってしょうがない今日この頃。
気づけばまたまた更新が2か月も遅れておりました。本人もびっくりです。
そしてどこにいらっしゃるかわかりませんが、このブログを読んで下さっている
皆様、本当にありがとうございます。
今日は「子どもに好かれなくてもいい」ということについて・・・
子どもに好かれなくてもいい、なんていうと「孤児院やってるのに子どもが嫌い
なの?」って思われるかもしれませんね。
でも私は子どもに好かれなくてもいいと思っています。
毎日毎日子どもたちを見続けて、何かあれば小言のように「手は洗ったのか?」
「部屋を片付けているのか?」「ハサミ持ったまま走っちゃダメ!」とか言ってる
私やスタッフのことを子どもたちがどう見るか。
言われた瞬間に「教えてくれてありがとう」なんて思う子はきっといないでしょう。
うるさいなー。
めんどくさいなー。
このあたりが妥当なところでしょう。
子どもに好かれなくてもいいんです、でも嫌われたらダメなんだなあ。
嫌悪という感情があるだけで、伝えたいことが伝わらなくなることって多いと
思うんです。
言い換えれば『受け入れてない』ってことですよね。
そうなってしまうと、その人の言うことは内容がどうであれ頭に入ってこない。
そして子どもに受け入れてもらうために媚びる大人。
実はこれが一番嫌われるんじゃないかと。
自分に対してどれだけ真剣になっているか、子どもって本能的にそういうことを
見てるんではないかと思います。
要するに適当に扱ってはいけないということなんではないかと思うんです。
意外と繊細な部分でもありますね、これは。
誰だって他者から嫌われたくないものです。
でも一見嫌われるかのように思われる行動に、深い気持ちが隠されている
ところが大切なんではないかと。
じゃあどうすればそれができるのか。
けっこうしんどいんですけど、「好かれなくていいから毅然と伝え続けること」
なんだろうなと思います。
いつかわかるときがくるかもしれないと信じることなんですよね。
でもいつまで経ってもわからないかもしれないんです。
だけど、伝え続けるんです。これがポイントです。
ぶれずにいきましょう。
なんで私がこれを書こうと思ったかというと、私が子どもに好かれなくてもいい
んですよって話した時、相手の顔が曇ったことがあって。
受け取り方にもよるんでしょうけど、好かれなくてもいい=相手のことが好き
ではない、もしくは好かれたいと思っていない、と思われたのかもしれません。
好きだから、いやもっと言うと愛しているからこそ好かれなくていいから伝え
続けていきたいと思うんだけど、それがうまくわかってもらえないこともあるん
ですね。
もちろん好かれた方がうれしいし、いいに決まってます。
でもそれが一時的なものであれば虚しいだけです。
子どもに(今)好かれなくても、(いつかわかってくれたら)いい。
って、言いたかったんですけど、端折りすぎたのかな(笑
いつも言うように私たちの物語はどこかの一部分を切り取った時間だけでは
なくて、ここで出会ったときからずっとこれからも続いていくものなんです。
だから、今だけを見た好き嫌いの問題ではない、ということなんです。
うーん、話で伝えるのも難しいけど、文字で表すのも難しい・・・(笑
まあその人に伝わらなくても、子どもたちに伝わっていればいいんです
けどね。
やっぱり人間なので、本意でない伝わり方をすると気持ち悪いわけです(笑
異文化、育つ環境もまったく違う子どもたちと一緒に暮らして15年が過ぎました。
この時間の中で私が育んできた子どもたちとの関係や距離感、そういうものを
信じていきたいです。
とはいえ、アタマが硬くなるのは嫌だなあと思うので、自分の置かれている
立場や空気はそのときどきで読んでいきたいですね。
カンボジアの人たちに、お前もういらんわ、って言われたら終了。
そう思っていますが、媚びません(笑
気になってしょうがない今日この頃。
気づけばまたまた更新が2か月も遅れておりました。本人もびっくりです。
そしてどこにいらっしゃるかわかりませんが、このブログを読んで下さっている
皆様、本当にありがとうございます。
今日は「子どもに好かれなくてもいい」ということについて・・・
| 好かれなくてもいいけど、私はみんなが大好きだ |
子どもに好かれなくてもいい、なんていうと「孤児院やってるのに子どもが嫌い
なの?」って思われるかもしれませんね。
でも私は子どもに好かれなくてもいいと思っています。
毎日毎日子どもたちを見続けて、何かあれば小言のように「手は洗ったのか?」
「部屋を片付けているのか?」「ハサミ持ったまま走っちゃダメ!」とか言ってる
私やスタッフのことを子どもたちがどう見るか。
言われた瞬間に「教えてくれてありがとう」なんて思う子はきっといないでしょう。
うるさいなー。
めんどくさいなー。
このあたりが妥当なところでしょう。
子どもに好かれなくてもいいんです、でも嫌われたらダメなんだなあ。
嫌悪という感情があるだけで、伝えたいことが伝わらなくなることって多いと
思うんです。
言い換えれば『受け入れてない』ってことですよね。
そうなってしまうと、その人の言うことは内容がどうであれ頭に入ってこない。
そして子どもに受け入れてもらうために媚びる大人。
実はこれが一番嫌われるんじゃないかと。
自分に対してどれだけ真剣になっているか、子どもって本能的にそういうことを
見てるんではないかと思います。
要するに適当に扱ってはいけないということなんではないかと思うんです。
意外と繊細な部分でもありますね、これは。
誰だって他者から嫌われたくないものです。
でも一見嫌われるかのように思われる行動に、深い気持ちが隠されている
ところが大切なんではないかと。
じゃあどうすればそれができるのか。
けっこうしんどいんですけど、「好かれなくていいから毅然と伝え続けること」
なんだろうなと思います。
いつかわかるときがくるかもしれないと信じることなんですよね。
でもいつまで経ってもわからないかもしれないんです。
だけど、伝え続けるんです。これがポイントです。
ぶれずにいきましょう。
なんで私がこれを書こうと思ったかというと、私が子どもに好かれなくてもいい
んですよって話した時、相手の顔が曇ったことがあって。
受け取り方にもよるんでしょうけど、好かれなくてもいい=相手のことが好き
ではない、もしくは好かれたいと思っていない、と思われたのかもしれません。
好きだから、いやもっと言うと愛しているからこそ好かれなくていいから伝え
続けていきたいと思うんだけど、それがうまくわかってもらえないこともあるん
ですね。
もちろん好かれた方がうれしいし、いいに決まってます。
でもそれが一時的なものであれば虚しいだけです。
子どもに(今)好かれなくても、(いつかわかってくれたら)いい。
って、言いたかったんですけど、端折りすぎたのかな(笑
いつも言うように私たちの物語はどこかの一部分を切り取った時間だけでは
なくて、ここで出会ったときからずっとこれからも続いていくものなんです。
だから、今だけを見た好き嫌いの問題ではない、ということなんです。
うーん、話で伝えるのも難しいけど、文字で表すのも難しい・・・(笑
まあその人に伝わらなくても、子どもたちに伝わっていればいいんです
けどね。
やっぱり人間なので、本意でない伝わり方をすると気持ち悪いわけです(笑
異文化、育つ環境もまったく違う子どもたちと一緒に暮らして15年が過ぎました。
この時間の中で私が育んできた子どもたちとの関係や距離感、そういうものを
信じていきたいです。
とはいえ、アタマが硬くなるのは嫌だなあと思うので、自分の置かれている
立場や空気はそのときどきで読んでいきたいですね。
カンボジアの人たちに、お前もういらんわ、って言われたら終了。
そう思っていますが、媚びません(笑
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