代表を務めるNGOスナーダイ・クマエ孤児院、創立から数えると今年で
14年、私が関わるようになって12年になります。
長く続けていると卒業生も出てきます。
今年も5回目の卒院式を行い、二人を社会に送り出しました。
二人は公立高校を卒業し、就職も決まっています。
孤児院の創立者は私ではなく、以前の夫であるメアス・トミー氏。
私はそのお手伝いのつもりで結婚後にカンボジアに来て活動に参加
しました。
恥ずかしながら、カンボジアの社会問題に対する情熱を持って
来たわけではありません。
パートナーがやっていることの一部を少しでも手伝えれば、そんな
気持ちだったのです。
いつしか情熱が逆転し、離婚が決まる頃には私にしか分からない
運営の内容、子どもたちへの教育方針などが多くなっていました。
彼もそのことはわかってくれていて、別れた後は私が孤児院の代表と
なるようにうながしてくれました。
細かいことは引き出しにしまっているのですが、いいことがあると
なんだか大変だったことを忘れるためにふとそこから引っ張りだして
しまうのかもしれません。
そういえばあれもこれもそのときは大変だったなあ、と。
でもいいことがあると、
「もしかして、この日が来る時のために大変なことがあったのか?」
と、思い出したりしてみて・・・。
でも不思議なことに、子どもたちが起こした問題について「大変だった」
と記憶されているものはないんですね。
それはすべて思い出になっているのかもしれません。
ふと思い出す大変だったこことは、家庭のことや人間関係の悩みばかり。
普段忘れているくせにふと頭をよぎると鮮明によみがえって、すごく
腹が立ったりして(笑
あほですね(笑
でもそれは一瞬の話。
だって、自分が12年間一緒に暮らしてきた子どもたちが立派に大きくなり、
学業も修めて社会に出て行く姿を見られるんですから。
しかも一人で見るわけではなく、孤児院のスタッフ、子どもたち、そして
日本から長期にわたって応援してくださる皆さんもいます。
それを思うと、以前自分を悩ませていた人たちのことは
「まあ、ええか」
と思います。
許すとか許さないとかではなく、関心がなくなってしまうという感じで。
つまり、「思い出にはなってない」んでしょうね(笑
だから「今まで一番大変だったことは何ですか?」という質問には具体例を
挙げて回答できないんですよね。
ぼわーーっとあるけど、なんだ?って感じで。
「なにか大変なことはあったんだと思う。でもいいことがあると忘れて
しまってるんです。おかげでやめることなく続けていけるんです。」
ほんま、自分が「いいことがあると忘れる人」でよかったと思います。
そしていいことをくれる、子どもたちや周囲の人々に感謝、なのです。
二人を社会に送り出して、しばし抜け殻の私はこの数日間こんなことを
考えていました。
2012/11/14
2012/11/10
もうはじまってます!【第2回KOBE豚饅サミット2012】
昨年もこのブログでご紹介したKOBE豚饅サミット。
今年も昨日が前夜祭で、すでに始まっています。
告知が遅くなってしまいました・・・(汗)
このイベントの発起人の1人に名を連ねている安藤孝志くんは私の
大学時代の同級生。
たしか二人ともさほど優秀な学生ではなかったような・・・(笑
安藤君は神戸っ子なら誰しも知っているぶたまんの「三宮一貫樓」で
常務取締役を務めています。
ここ数年の活躍ぶりには目を見張るものがあり、なんだかちょっと
さみしい・・・(笑
というのは、冗談で、私がカンボジアでがんばれる理由の一つには
こういう友人たちの活躍ぶりに切磋琢磨!というところもあるんですね。
土俵は全く違うけど・・・と思っていましたが、実はそうでもなかったりします。
昨年のKOBE豚饅サミットでの収益金は、神戸市と姉妹都市になっている
宮城県名取市への豚饅炊き出し支援として使われていました。
私がこのイベントに共鳴するのは、あの神戸の震災後にすっかり活気を
なくしたおしゃれな街神戸を復活させたいという地元愛、そして・・・
そのイベントの収益を東北の被災地の方に「僕たちは忘れていません」と
励ましのメッセージとして届けている点です。
忘れられていくことのつらさや悔しさを知っているのは同じ被災地だから
だと思います。
また「忘れてなかったんだ」と思わせてくれる人々の気持ちがどれだけ
ありがたく心強いものかを知っているのもまた同じく被災した経験が
あるからなのではないでしょうか。
私も神戸の震災当時甲南大学の大学生、震災当日は神戸であの地震に
遭いました。
それでも私には和歌山に実家があり数日後には帰ることができたんです。
安藤くんはじめこのイベントにかかわるすべての皆さんがこれまでどんな
思いで神戸の復興を願い、自分の日々の生活を取り戻すために努力を
重ねてきたか・・・それは想像を絶するものがあります。
安藤くんからは会社を立て直すための課程を何度となく聞いてきました。
私は今年も残念ながらこのイベントに参加することはできませんが、
いつか「KOBE豚饅娘コンテスト」に出場することを夢見て(笑)
微力ながらカンボジアから応援したいと思っています!
サミット限定オリジナル豚まんの販売は、11月10・11・12日の3日間です!
販売会場:南京町広場・曹家包子館・大同行
JR神戸線・元町駅から南に歩いてすぐです。
誰か私の代わりに行って、たらふく豚饅を食して下さい。
そして写真と感想を下さい。
それが神戸の活気、そして東北への応援につながります!
よろしくお願いします。
今年も昨日が前夜祭で、すでに始まっています。
告知が遅くなってしまいました・・・(汗)
このイベントの発起人の1人に名を連ねている安藤孝志くんは私の
大学時代の同級生。
たしか二人ともさほど優秀な学生ではなかったような・・・(笑
安藤君は神戸っ子なら誰しも知っているぶたまんの「三宮一貫樓」で
常務取締役を務めています。
ここ数年の活躍ぶりには目を見張るものがあり、なんだかちょっと
さみしい・・・(笑
というのは、冗談で、私がカンボジアでがんばれる理由の一つには
こういう友人たちの活躍ぶりに切磋琢磨!というところもあるんですね。
土俵は全く違うけど・・・と思っていましたが、実はそうでもなかったりします。
昨年のKOBE豚饅サミットでの収益金は、神戸市と姉妹都市になっている
宮城県名取市への豚饅炊き出し支援として使われていました。
私がこのイベントに共鳴するのは、あの神戸の震災後にすっかり活気を
なくしたおしゃれな街神戸を復活させたいという地元愛、そして・・・
そのイベントの収益を東北の被災地の方に「僕たちは忘れていません」と
励ましのメッセージとして届けている点です。
忘れられていくことのつらさや悔しさを知っているのは同じ被災地だから
だと思います。
また「忘れてなかったんだ」と思わせてくれる人々の気持ちがどれだけ
ありがたく心強いものかを知っているのもまた同じく被災した経験が
あるからなのではないでしょうか。
私も神戸の震災当時甲南大学の大学生、震災当日は神戸であの地震に
遭いました。
それでも私には和歌山に実家があり数日後には帰ることができたんです。
安藤くんはじめこのイベントにかかわるすべての皆さんがこれまでどんな
思いで神戸の復興を願い、自分の日々の生活を取り戻すために努力を
重ねてきたか・・・それは想像を絶するものがあります。
安藤くんからは会社を立て直すための課程を何度となく聞いてきました。
![]() |
| イベント詳細はこちらから! |
私は今年も残念ながらこのイベントに参加することはできませんが、
いつか「KOBE豚饅娘コンテスト」に出場することを夢見て(笑)
微力ながらカンボジアから応援したいと思っています!
サミット限定オリジナル豚まんの販売は、11月10・11・12日の3日間です!
販売会場:南京町広場・曹家包子館・大同行
JR神戸線・元町駅から南に歩いてすぐです。
誰か私の代わりに行って、たらふく豚饅を食して下さい。
そして写真と感想を下さい。
それが神戸の活気、そして東北への応援につながります!
よろしくお願いします。
2012/10/20
前進するための呪文
約1年前にこのブログを始めたことを思い出して、そのときの自分が
書いた記事を読み返してみました。
ちょうど洪水が収まって、少し落ち着いた頃に綴った文章。
1年前の記憶が戻りました。(普段から少々喪失気味なので・笑)
本当につらかったんですよ、1年前の今ごろ。
色んな人に励ましてもらいながらただただ1日が終わっていくことだけで
精一杯だったような・・・。
洪水もあったけど、それ以外にも自分にしか解決できない出来事もあり・・・。
「そのときどんなにしんどくてもたいていは後で普通に話せる。」
1年前の私が書いていた言葉です。
これは、もうだめかも・・・という状況になったときの自分を励ます呪文
みたいなもんです(笑
でもね、ほんとにそうなんですよ。
渦中にいるときこそ自分を客観視することが自分を楽にする方法だと
思うのです。
私はこの方法でおおむね乗りきります。
そして1年経って・・・
今年も洪水とまでいきませんでしたが、施設の周辺だけが冠水。
私はと言うと、ぜーんぜんっ落ち込んでない!(笑
そして去年のことを普通に「ほんま大変やったよね、あはは」と
笑って話してました。
あのときは部屋で一人暗く泣いてたくせに、ですよ・・・。ははは・・・。
洪水もそのときに抱えていた問題も、自分の意識を変えること、そして
行動を起こすことで乗り切りました。
でもそのときに必要だったものが2つあります。
それがさっき書いた呪文と(笑)、私のことを気にかけて心配して励まして
くれた人たちの思いやりある言葉、なのです。
皆さんからの励ましもまた、乗り越えるきっかけをくれる呪文、ですね。
もちろん自分でも答えを見つけられず、いつまで経っても納得できる
答えが見つからない出来事も人生の中にはあると思います。
私には1つだけあります。
でももうそれはそういうものとして一生付き合っていこうと思ってるんです。
あの経験があるからこそ、
「そのときどんなにしんどくてもたいていは後で普通に話せる。」
と思えるんです。
答えが見つからない出来事、あれ以上のことはたぶんもう人生で起きない
でしょうね。
最後に書いておきましょう。
お父さん、ごめん。(笑
ずっと元気でいて下さい。
書いた記事を読み返してみました。
ちょうど洪水が収まって、少し落ち着いた頃に綴った文章。
1年前の記憶が戻りました。(普段から少々喪失気味なので・笑)
本当につらかったんですよ、1年前の今ごろ。
色んな人に励ましてもらいながらただただ1日が終わっていくことだけで
精一杯だったような・・・。
洪水もあったけど、それ以外にも自分にしか解決できない出来事もあり・・・。
「そのときどんなにしんどくてもたいていは後で普通に話せる。」
1年前の私が書いていた言葉です。
これは、もうだめかも・・・という状況になったときの自分を励ます呪文
みたいなもんです(笑
でもね、ほんとにそうなんですよ。
渦中にいるときこそ自分を客観視することが自分を楽にする方法だと
思うのです。
私はこの方法でおおむね乗りきります。
そして1年経って・・・
今年も洪水とまでいきませんでしたが、施設の周辺だけが冠水。
私はと言うと、ぜーんぜんっ落ち込んでない!(笑
そして去年のことを普通に「ほんま大変やったよね、あはは」と
笑って話してました。
あのときは部屋で一人暗く泣いてたくせに、ですよ・・・。ははは・・・。
洪水もそのときに抱えていた問題も、自分の意識を変えること、そして
行動を起こすことで乗り切りました。
でもそのときに必要だったものが2つあります。
それがさっき書いた呪文と(笑)、私のことを気にかけて心配して励まして
くれた人たちの思いやりある言葉、なのです。
皆さんからの励ましもまた、乗り越えるきっかけをくれる呪文、ですね。
もちろん自分でも答えを見つけられず、いつまで経っても納得できる
答えが見つからない出来事も人生の中にはあると思います。
私には1つだけあります。
でももうそれはそういうものとして一生付き合っていこうと思ってるんです。
あの経験があるからこそ、
「そのときどんなにしんどくてもたいていは後で普通に話せる。」
と思えるんです。
答えが見つからない出来事、あれ以上のことはたぶんもう人生で起きない
でしょうね。
最後に書いておきましょう。
お父さん、ごめん。(笑
ずっと元気でいて下さい。
2012/09/29
ありがとう
ここ数日の豪雨でほぼ水没状態だったうちの施設。
今朝も早いうちに雨が降っていたので、起きたときはまだ
水がけっこうたまっていました。
昨日は街のほうまで様子を見に出かけたのですが、街は
全然問題なく、川も溢れだすような状況ではありませんでした。
(スナーダイ・クマエのブログ参照)
午前から午後にかけて雨が降らず、敷地内の水位はかなり
下がりました。
そしてさっき卒業生のサヴィー(男子)が心配で様子を見に来て
くれたので少し話をしました。
今日は午前だけ仕事だったそう。顔色もよく、生活が順調で
あることは見てすぐにわかりほっとしました。
彼はガイドの試験に多額の受験料という名のコミッションを
支払わずに合格しました。
聞くと、3回目の挑戦だったそうです。
1・2回目の試験でわからなかったことを自習して理解し、3回目
に合格したんです、とうれしそうに話していました。
今はガイド養成学校に通っていますが、間もなく観光の勉強を
するために大学にも入学する予定だと言っていました。
しかも入学試験で成績上位だったので、学費が70%無料に
なる奨学金まで手に入れていました。
お金のやりくりは大変だね、おかあさんも毎月、毎年、みんなの
生活費の事ばかり考えてるよ、と笑って話したら、
「ありがとうございます」
と、サヴィーが言ってくれたんです。
今はもう卒業してこの施設にはいないのに・・・。
そして、昨日の夜は昔のアルバムを見ながらおかあさんのことを
思い出していました、と言ってくれました。
施設にいた頃は性格も、見た目もすごく地味で、決して目立つタイプ
ではなかったサヴィーが卒業してここまでしっかりとやってくれている
姿、そして彼からもらった言葉に励まされました。
ありがとうを言うのはおかあさんのほうだね。
サヴィー、ありがとう。
とても元気づけられました。
今朝も早いうちに雨が降っていたので、起きたときはまだ
水がけっこうたまっていました。
昨日は街のほうまで様子を見に出かけたのですが、街は
全然問題なく、川も溢れだすような状況ではありませんでした。
(スナーダイ・クマエのブログ参照)
午前から午後にかけて雨が降らず、敷地内の水位はかなり
下がりました。
そしてさっき卒業生のサヴィー(男子)が心配で様子を見に来て
くれたので少し話をしました。
今日は午前だけ仕事だったそう。顔色もよく、生活が順調で
あることは見てすぐにわかりほっとしました。
彼はガイドの試験に多額の受験料という名のコミッションを
支払わずに合格しました。
聞くと、3回目の挑戦だったそうです。
1・2回目の試験でわからなかったことを自習して理解し、3回目
に合格したんです、とうれしそうに話していました。
今はガイド養成学校に通っていますが、間もなく観光の勉強を
するために大学にも入学する予定だと言っていました。
しかも入学試験で成績上位だったので、学費が70%無料に
なる奨学金まで手に入れていました。
お金のやりくりは大変だね、おかあさんも毎月、毎年、みんなの
生活費の事ばかり考えてるよ、と笑って話したら、
「ありがとうございます」
と、サヴィーが言ってくれたんです。
今はもう卒業してこの施設にはいないのに・・・。
そして、昨日の夜は昔のアルバムを見ながらおかあさんのことを
思い出していました、と言ってくれました。
施設にいた頃は性格も、見た目もすごく地味で、決して目立つタイプ
ではなかったサヴィーが卒業してここまでしっかりとやってくれている
姿、そして彼からもらった言葉に励まされました。
ありがとうを言うのはおかあさんのほうだね。
サヴィー、ありがとう。
とても元気づけられました。
2012/09/25
自分にできることとか考え方とか
飛行機好きの息子から聞いた話です。
ある人に、飛行機に乗るときエコノミークラスかビジネスクラス
どちらに乗っているか訊いたそうです。
「以前はビジネスクラスに乗っていたけれど、今はエコノミーに
乗って、差額を東北の被災地に寄付している。」
これが息子の聞いた回答だったそうです。
私はこの方がそんなふうにされていることを知らなかったので
以前からずっとビジネスクラスで移動されていると思っていました。
小さいころから飛行機が好きで、飛行機によく乗る大人には
必ず飛行機の話題を出す息子なのですが、こういう回答が
あるとはまったく考えていなかったらしく、私にも教えてくれました。
そして私は最近親しい人とこんな会話がありました。
孤児院の卒業生の就職について話した翌朝にもらったメール
だったのですが・・・
「たくさん人がいる中で就職するって大変なことだよね。
(仕事のある自分は)ありがたくがんばってきます。」
自分にできること、自分の環境のとらえかた、この2つの話から
教えられる事があると思います。
無理をせずにできることを自分で決める
置かれている環境に満足するかどうかはとらえかた次第
言葉にすると「当たり前やん」というふうにも見えるのですが
実際自分ができているかどうか・・・
大人になっても周りで何気なく発信してくれている大切な言葉を
見落とさずに自分を振り返りたいと思った出来事でした。
2012/08/07
焦燥感
今まで生きてきて感じた事のない感覚。
焦燥感・・・、なのかな、これは。
東京、神戸と絵画展を立て続けに終えて、次は最終の和歌山です。
各地で色々な方にお目にかかり、励まされ、幸せな自分を再認識する
ことばかりだったのに、
なぜか今になって、焦ってる?不安なのかな??
でも一体なにに対して?
結婚する時も、カンボジアに移住するときも、離婚したときも・・・
今までの人生の中で「焦る」とか「不安に思う」とか、そういう感情に
とりまかれたことがなかったように思う。
ただ流れにまかせてふわーっとやってくることができた。
孤児院に関わるようになってから離婚するまで代表は前の夫だった
ので、建前上とはいえ私はいつもナンバー2だった。
離婚して組織の代表となって間もなく2年。
私がトップで大丈夫なのか。
日本人の私がカンボジアの子どもたちにどこまでの責任を果たせるのか。
自分自身の今後、息子の進学は・・・。
今になっていろんなことが頭をめぐる。
やっぱり私ってのんびりしてるみたいです(笑
今頃になって改めて自分の背中に乗っているものの大きさを感じて。
「いままでと、これからと」の、はざまにこんな時期もあるのかな?
和歌山絵画展が始まったらきっとまたそれにのめり込んであっという間に
カンボジアに戻る日になるんだろうな。
一人で全部考えるのってけっこうしんどいですね。
あれ?結局これって弱音吐いてるだけ?(笑
うーーーん、いつも通りのわりと能天気な自分に戻したい・・・。
楽しい事、考えよう。
焦燥感・・・、なのかな、これは。
東京、神戸と絵画展を立て続けに終えて、次は最終の和歌山です。
各地で色々な方にお目にかかり、励まされ、幸せな自分を再認識する
ことばかりだったのに、
なぜか今になって、焦ってる?不安なのかな??
でも一体なにに対して?
結婚する時も、カンボジアに移住するときも、離婚したときも・・・
今までの人生の中で「焦る」とか「不安に思う」とか、そういう感情に
とりまかれたことがなかったように思う。
ただ流れにまかせてふわーっとやってくることができた。
孤児院に関わるようになってから離婚するまで代表は前の夫だった
ので、建前上とはいえ私はいつもナンバー2だった。
離婚して組織の代表となって間もなく2年。
私がトップで大丈夫なのか。
日本人の私がカンボジアの子どもたちにどこまでの責任を果たせるのか。
自分自身の今後、息子の進学は・・・。
今になっていろんなことが頭をめぐる。
やっぱり私ってのんびりしてるみたいです(笑
今頃になって改めて自分の背中に乗っているものの大きさを感じて。
「いままでと、これからと」の、はざまにこんな時期もあるのかな?
和歌山絵画展が始まったらきっとまたそれにのめり込んであっという間に
カンボジアに戻る日になるんだろうな。
一人で全部考えるのってけっこうしんどいですね。
あれ?結局これって弱音吐いてるだけ?(笑
うーーーん、いつも通りのわりと能天気な自分に戻したい・・・。
楽しい事、考えよう。
2012/06/10
がんばってくるね
部屋で一人、仕事をしながら「今日はもうご飯食べなくていいかな」なんて
思っていた時、卒業生から電話がありました。
「思ったよりも仕事が早く終わったんですが、おかあさんはヒマですか?
そろそろ日本に帰る時期だし、一緒にごはんでもどうかなと思って。」
「急がずにゆっくり来て下さいね」
と、そんな心遣いをみせてくれるのは卒業生のラーヴォ。
彼は現在シェムリアップにある旅行会社で専属ガイドとして雇用してもらって
います。
しばらくしてからまた電話。
「パナーやサヴィーも呼んだんですけど、いいですか?」
この二人も卒業生。
彼と同じ会社でガイド、事務の仕事をしています。
久々にみんなで一緒にご飯、と思うと早く行きたくなってしまったのですが、
先日お泊まり遠足した際の写真の焼き増しが終わっていて、仕分けして
早く子どもたちに渡してあげたいこともあり、スタッフと一緒に作業していま
した。
約束の時間よりもかなり遅れて行った私を待っていたのはラーヴォとパナー。
サヴィーは?と訊くと、ちょっと出かけると言ってどこかに行ってしまったとのこと。
「どこいっちゃったんだろうね」
なんて笑いつつ、食事を始めました。
近況を語りながら、冗談も交えて楽しい時間を過ごしましたが、この間の
会話はすべて日本語です。
ラーヴォはこれまでTV番組のコーディネートも任せてもらったりして、日本の
有名な俳優さんなどの通訳経験もあります。
パナーは学生さんのボランティアツアーで農村にいって通訳をすることが多い
のですが、施設にいるときからちびっこに人気のお兄ちゃんだっただけに
村でも子どもたちから慕われているという話に納得。
息子も一緒に行っていたのですが、ひとりっこの彼はたくさんの子どもたちに
2歳のときから世話をしてもらい、今ではおにいちゃんの役割もさせてもらえる
環境にいます。
結局サヴィーはそのまま戻ってこなかったけど、それも妙な気づかいなく
「ほんとにあの子はしょうがないねえ」と、みんなで笑っていました。
まるで気ままな末っ子を笑うように。
私がカンボジアに来たばかりで、なにをどうしたらいいのか手探り状態
だった頃に育った子たち。
ゼロから家族のような関係を積み上げて行った最初の世代です。
特別なことはなにもないけど、仕事が終わって一段落したときに「あ、おかあ
さんを誘ってみよう」と自然に思ってくれたことに幸せを感じました。
子どもたちの絵を持って行って開催する絵画展のための帰国を前に
気合を入れるよい時間をもらいました。
この子たちが私を見てくれている、施設が変化していく様子を一番わかって
くれていると思うと、ものすごく元気になりました。
今度はサヴィーも一緒に(笑
思っていた時、卒業生から電話がありました。
「思ったよりも仕事が早く終わったんですが、おかあさんはヒマですか?
そろそろ日本に帰る時期だし、一緒にごはんでもどうかなと思って。」
「急がずにゆっくり来て下さいね」
と、そんな心遣いをみせてくれるのは卒業生のラーヴォ。
彼は現在シェムリアップにある旅行会社で専属ガイドとして雇用してもらって
います。
しばらくしてからまた電話。
「パナーやサヴィーも呼んだんですけど、いいですか?」
この二人も卒業生。
彼と同じ会社でガイド、事務の仕事をしています。
久々にみんなで一緒にご飯、と思うと早く行きたくなってしまったのですが、
先日お泊まり遠足した際の写真の焼き増しが終わっていて、仕分けして
早く子どもたちに渡してあげたいこともあり、スタッフと一緒に作業していま
した。
約束の時間よりもかなり遅れて行った私を待っていたのはラーヴォとパナー。
サヴィーは?と訊くと、ちょっと出かけると言ってどこかに行ってしまったとのこと。
「どこいっちゃったんだろうね」
なんて笑いつつ、食事を始めました。
近況を語りながら、冗談も交えて楽しい時間を過ごしましたが、この間の
会話はすべて日本語です。
ラーヴォはこれまでTV番組のコーディネートも任せてもらったりして、日本の
有名な俳優さんなどの通訳経験もあります。
パナーは学生さんのボランティアツアーで農村にいって通訳をすることが多い
のですが、施設にいるときからちびっこに人気のお兄ちゃんだっただけに
村でも子どもたちから慕われているという話に納得。
息子も一緒に行っていたのですが、ひとりっこの彼はたくさんの子どもたちに
2歳のときから世話をしてもらい、今ではおにいちゃんの役割もさせてもらえる
環境にいます。
結局サヴィーはそのまま戻ってこなかったけど、それも妙な気づかいなく
「ほんとにあの子はしょうがないねえ」と、みんなで笑っていました。
まるで気ままな末っ子を笑うように。
私がカンボジアに来たばかりで、なにをどうしたらいいのか手探り状態
だった頃に育った子たち。
ゼロから家族のような関係を積み上げて行った最初の世代です。
特別なことはなにもないけど、仕事が終わって一段落したときに「あ、おかあ
さんを誘ってみよう」と自然に思ってくれたことに幸せを感じました。
子どもたちの絵を持って行って開催する絵画展のための帰国を前に
気合を入れるよい時間をもらいました。
この子たちが私を見てくれている、施設が変化していく様子を一番わかって
くれていると思うと、ものすごく元気になりました。
今度はサヴィーも一緒に(笑
私よりも貫禄のあるラーヴォ(笑
色黒のパナーの横でなんちゃって色白な私(笑
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