2016/10/23

そのままの自分、昔の自分を忘れないこと

次回はいつか不明ですと記したこの雑記帳ですが、いつもより
早いですよ。1か月ぶりの更新です(笑

前回は思いのほか反応してくださる方が多くて、褒められて育つタイプ
のわたくしにとってはうれしく励みとなりました。
皆様、ありがとうございます。

今日は5回目を迎えられるという写真家・足立君江さんと巡るカンボジア
撮影ツアー皆さんをお迎えして、自分自身の振り返りができたことに
ついて書こうと思います。

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今月はいつもより施設への訪問者が少なかったのですが、毎年欠かさず
訪問してくださるグループを今日お迎えすることができました。

写真家・足立君江さんとの出会いは遡ること16年、わたしがまだここにきて
間もない2000年のことになります。
とあるツアーでたまたま施設を訪問してくださった足立さんと今でも公私
共にお世話になり、よいお付き合いを継続していただいております。

カンボジアでは施設の訪問者の皆さんに、日本ではお声がかかればどこでも
スナーダイクマエのことや、カンボジア生活から得た自身の体験、そこから
生まれた考え方などのお話をさせていただいています。

どんな話をしているのか具体的な内容を知りたい方はスナーダイクマエまで
お越しください(笑


今日はこのグループの皆さんにお話しさせていただいたあとの自分自身の
感想を記したいと思います。

足立さん、このツアーの添乗員で7年間子どもたちの日本語教師を務めて
くれたことがある佐々木愛さん、現地日本語ガイドの卒業生パナー、
このツアーで何度か施設を訪れてくださった方々、そして今回初めて施設に
お越しくださった参加者の皆様が一堂に会する場でどんなお話をさせていた
だこうかと考えていました。


話しながら昔のことがいろいろと思いだされます。
20代の自分・・・未熟すぎて思い出すのも恥ずかしいことがたくさんあります。
その時代を知っている卒業生のパナー。
あの頃の子どもたちには迷惑もたくさんかけてしまいました。
30代の自分・・・少し物事がわかったような気になっていたと思います。
母が亡くなり、大きなショックを受けた時代でもありました。

そして今の自分・・・

人はどうしても今の自分がずっと前から今の自分であったように思いがちです。

様々な経験を経て人は変わっていくと思います。
根本的な部分はなかなか変わらないにしても、同じような困難に何度か遭遇
すると対応の仕方も変わってきますよね。
それはどこにいて、どんな仕事をしていてもそうではないかと思います。

でも人は自分が昔からそんな自分だったよう錯覚しがちです。

そして過去を美化してしまうのではないでしょうか。

それはそれで否定はしないのですが、自分はそうしたくないと思っています。

なぜならわたしがここで皆さんにお話をする目的は、私自身の話を通じて
「今」の皆さんそれぞれが持つ何かに役立ててほしいからなんです。

もちろんわたしやこの施設のことを話しますが、それを感心して聞いてほしい
のではなく、ご自身に反映してもらえるような内容にしたいと思っています。

役立ててほしいというのはおこがましいかもしれませんが、言い換えれば
何千キロも離れた日本からカンボジアの、さらにこのスナーダイクマエを
ピンポイントに足を運んでくださった皆さんのお役立てたらいいなという
ことなんです。

この今の自分も考えも、20代、30代の自分にはなかったものかもしれません。

わたしの話を何度も聞いたり、文章を読んだりしてくれている元日本語教師の
佐々木さん言われました。

博子さんって本当にそのままの事実の自分を表現するんだね、と。

自分ではそれを心がけていたわけではないのですが、頼りない自分や
情けない自分を見てきてくれた人たちがいて、たくさんの人に支えられて
来たという自覚があるぶん、今さら昔から自分は強くてなんでもすぐに判断できて
正しく子どもたちを導いてきました、なんて言えないんだと思います。
そして長年そのままのわたしをそばで見てくれていた佐々木さんにそんなふうに
いってもらえたことが素直にうれしかったです。

学生時代は大きな夢もなく、目標もなく、なんとなく日々を過ごしていたし、
結婚を機にカンボジアに来たけど、教育や国際協力という活動に大きな関心が
あって今の仕事を始めたわけでもありません。


過去も今もそれ以上でも以下でもない、自分とはそういう存在なんだという、
そのことを忘れないでいたいと思っています。

いくら周りの方がよい評価をくださっても、「あんたはすぐに調子に乗るから、
気ぃつけなあかん」と言い続けてくれた母の言葉が今でも思い出され、
「自分を客観視できんとあかんぞ」と言っていた父の言葉とも重なります。


今日お迎えした方々は人生の先輩方ばかりでした。
そんな皆さんの前でお話しさせていただいたあとに、改めてこんなことを一人
考えていました。

意外と真面目なんです、わたくし・・・(笑

ここで暮らしているからこそいただける機会、ひとつひとつを大切に、丁寧に
お迎えしたいと思っております。

みなさま、ありがとうございました


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いつもわたしが一人で考えていることにお付き合いいただきありがとうございます。

そしていつものことながら次回の投稿は未定です(笑


2016/09/29

多くの訪問者をお迎えして・・・

もうこのブログ、誰も見に来ないんではないか・・・
3か月以上放置とか、もはやブログではないのではないだろうか・・・

書くことはひらめいたりとかしてるんですが、「書く」作業に入れない。
なんとなくタイミングを逃してここまで来てしまいました。

誰も見てなくてもとりあえずキロクとして書きます!(宣言!笑


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子どもたちの絵画展を2か月間(7月8月)で終えて、8月の半ば過ぎに
カンボジアに戻り、すぐ連日多くの訪問者の皆さんを受け入れされて
いただいておりました。

この施設に来た25歳ごろから今に至るまで、ここでいろいろな方々と
出会いました。

そのときの私が話せること、ご対応できることをさせていただいてきた
つもりではありますが、今以上に未熟な年齢のころは十分でなかった
こともたくさんあったと思います・・・。


13年間続いているツアーがあります。
地球の歩き方交流・NGOスナーダイクマエを訪ねて、と銘打ったツアー。
この夏から初めて、参加者の皆さんと私がランチをしながらざっくばらんに
お話しするという時間を設けていただきました。

ここでは参加者の皆さんの感想を直接ご本人からお聞かせてもらえる、
そして私への質問にはお顔見てお答えできるという貴重な場となって
おります。

今季最後の参加者の皆さんとの懇親会で、こんな質問をいただきました。

「博子さんから見て今の日本人に足りないことってなんですか?」

なかなか難しい質問です。
私がこれに答える立場なのか?、なぜ私にこれを訊いてくれたのか?と
逆に質問したくなる気持ちを抑えつつ丁寧を心がけてお答えしました。


それはズバリ「当事者意識」なのかな、ということです。



例えば多くの訪問者をお迎えする中で私がとても戸惑う(不愉快な)
言葉、その割に言われる頻度の高い言葉がいくつかあります。

「うちの子どももここに連れてきてしばらく一緒に生活させてもらえば、根性が
たたき直るのかもしれないな」

「カンボジアの子どもに比べて日本の子どもは目が死んでる」


どうしてこうも他人事なんでしょうか。


あなたの息子さんが根性たたき直るほど「不便な」生活をうちの子どもたちは
毎日しています。
(そして実際子どもたちにとってここは不便な場所ではない)

子どもの目が死んでいると気づいているなら、どうしてそれを輝かせる努力を
大人はしないのでしょうか。


もちろんこれを日本代表の言葉として扱う気はありません。
なぜなら、いつも子どもたちと真剣に向き合い、子どもたちを笑顔にしている
日本の大人の方々がいることも知っているから。

もっというと、そういう人たちはこんな言葉は言わないと思います。
なぜなら生身の子どもたちにちゃんと向き合っているから。


何か問題が起きても、誰かのせいにすれば楽でしょうね。
環境のせい、時代のせいにすることもできます。


ここに子どもを連れてきて、誰かに根性を叩き直してもらうのではなく、
自分の目で見たこと、感じたことを真剣にお子さんに伝えることでお子さんの
意識を少しでも変えようとしませんか?

子どもの目が死んでるというなら、自分以外の大人も巻き込んでできるだけ
多くの子どもの目を輝かせる行動を考えませんか?


子どものことだけではなく、自分のことも、自分の大切な人たちのことも、
目の前にあることで気になることがあれば「なかったこと」にせず向き合って
自分の行動につなげませんか?

時代や社会の波の中で、いきなり変えることはできないとあきらめるのは
簡単ですが、一人一人が自分にできることを地道に積み上げ大きな波に
していけると信じたい、というのが私の思いです。
大人があきらめない姿を子どもにも見せたいなと思うんです、単純に。




普段なかなか接することのない大学生を中心とした、自分の息子世代の
皆さんとお話しする機会。
2度目の成人式を迎えた世代の私からなにをお伝えすることができるのか、
以前よりもずっとずっと私自身が真剣に考えていることに気づかされます。


カンボジアはそろそろお盆。
自分よりも先に逝ってしまった人たちが、どんな思いでこの世を去ったのか、
今生きている人たちにどう生きてほしいと願ってくれているのか、そんな
ことに思いを馳せつつこれを書きました。

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ということで、次回のアップはいつになるのか、それは不明です(笑
今日もお付き合いいただきありがとうございました。




2016/06/22

夏恒例の絵画展です★

スナーダイ・クマエ絵画展、毎年夏の恒例行事です★
絵画展を始めた頃は「夏といえば絵画展!みたいになったらいいなあ」と
漠然と思っていたのですが、本当にそうなってきたように思います。


それは初年度から変わらず会場確保や会場の展示作業などを手伝って
くださる皆さんがいること、そして継続してきてくださる来場者のみなさんが
いること、そのおかげだと思っています。

一人でやりたいと言っていても、周りの方の賛同がないとここまで継続する
ことはできませんでした。

実は毎年春ごろになると、賛同者の皆さんからそろそろ会場押さえましょうとか
日程どうしますか?などご連絡をいただくんです。
本当にありがたいことだと思っています。

夏の絵画展、今年は神戸から始まり、東京、初めての旭川、そして私の
地元和歌山が最終地となっています。


【神戸@甲南大学甲友会館】
7月8日(金)9日(土)10日(日) 午前10時から午後5時まで
阪急神戸線岡本駅・JR神戸線摂津本山駅 共に徒歩15分ほど(けっこう歩きます)
*会場への行き方は大学正門に掲示されていますので、ご参照ください。

【東京@日本アセアンセンター】
7月14日(木)15日(金)17日(日) 午前10時から午後5時まで
地下鉄三田線御成門駅 A4出口 徒歩2分 (出口を間違えなければすぐわかります)
16日(土)は休館です!ご注意ください!!

【旭川@デザインギャラリー】
7月22日(金)23日(土)24日(日) 午前10時から午後5時まで
JR函館本線旭川駅

【和歌山@フォルテワジマ】
8月5日(金)6日(土)7日(日) 午前10時から午後5時まで
駐車場は会場の周りにたくさんあります!


私はいずれの会場も終日会場にいる予定です。
見つけたらお声かけてください!

今年もたくさんの方にご協力いただき、開催の運びとなりました。
一人でも多くの方にご来場いただき、子どもたちの現状、元気な姿やほんわかした
スナーダイクマエの雰囲気を楽しんでいただきたいと思います★

よろしくお願いいたします。


2016/03/04

スタディツアー

子どもたちの元気な声と足音を部屋で聞きながら、今回も楽しそうだなと
目を細める機会が多くなるのは春と夏。
学生さんたちが長期のお休みに入る季節です。


地球の歩き方交流ツアーの受け入れを始めさせていただき、今年で13年目に
なります。


このツアーでの私の役割はたった一言でも参加した皆さんの心に残る
言葉を贈ることだと思っています。
せっかくはるばるカンボジアまで来てくれているので、私はその役割に
徹したいのです。


これまでの参加者の皆さんとは今でもつながっています。
絵画展をお手伝いしてくれたり、絵画展を毎年欠かさず見に来てくれたり、
何度もカンボジアに来てくれたり、カンボジアに留学までしちゃった人も。



2月末にもこのツアーの受け入れがありました。

これまでは交流を終えて最後に私と参加者の皆さんが対面するということが
多かったのですが、今回からは私が最初に施設のこと、私たちの思いを
お伝えすることから始めさせていただきました。
(話を聞きたい!という方は訪問してきてください・笑)

施設創設時の子どもたち、今の子どもたちや卒業生のこと、そして私自身が
受けてきた家庭教育について、カンボジアから見える日本のこと、1時間しか
ないのですがたっぷりお話ができました。

それを踏まえての子どもたちとの交流で日本の若い人たちが何を感じて
持って帰ってくれるのか、今はそれが楽しみです。
カンボジアまでわざわざ行こうと思ってくれた人たちの感じる力を信じたいな
という思いもあります。


私が15年以上もここでやってこれたのは、自分の親と同世代の支援者の
皆さんがいて下さったから。
右も左もわからないような若輩者の力を信じて、根気強く付き合ってくださった
から今の自分があると思います。
そしてそんな私のそばで「好意に甘え過ぎず、調子に乗らず、感謝の気持ち
を忘れずにやっていきなさい」と、何度も繰り返し言ってくれた母の存在は
大きかったです。

私もここで少しずつ歳を重ね、気がつけばツアー参加者の親御さんと同じ
くらいの世代になっています。

私がこのツアーで若い人たちに何を発信できるのか、そのときの自分と
対峙しながら考えています。



そして結局そのことを通じて自分が思いを馳せているのは日本。
今の自分を形作る様々な言葉や経験をくれた、日本の皆さんだったりします。

教えてもらったことを次の世代につたえていくことが自然にできる、そんな
自分でありたいなと。
同じように考える人の輪が少しずつ広がりを見せてくれたら・・・。

子どもたちとの交流が楽しいということだけに終始するのではなく、
子どもをみんなで育むことの意味や、それがなににつながっていくのか
ということまで考えてもらえるようなツアーにしたいです。

うちの子どもたちの笑顔の向こう側にあるものがなんなのか、それを
考えることで自分の子ども時代も振り返ってほしいですね。



13年の時を経て、私自身のスタディツアーへの向き合い方も変わっていく、
面白なと思います。








2016/02/17

難しいコトバやリクツはいらないのです

近年はハロウィンに押され気味とのうわさもあるバレンタイン。
カンボジアではまだまだハロウィンには負けてないようです。
男性が意中の女性にバラの花を贈るという、日本とは少し違った習慣が
定着しているカンボジア。

なんてサラッと書きはじめましたが、実は1か月ぶりの更新。
相変わらずの筆の遅さ、お許しください。



私からは毎年子どもたちとスタッフに、地元にあるお土産屋さん「キャンディ
アンコール」さんの飴ちゃん(関西のおばちゃん風)が定番プレゼント。
いろんな柄とフレーバー
夕方卒業生のケインちゃんが部屋に来てくれました。
彼女は今、チョコレートを製造している会社のお手伝いをしているとか。
チョコとバラの花
忙しくて来れないと言っていたパナーの分のお花と一緒にそのチョコレートを
贈ってくれました。

実はケインを含む、他4名の卒業生たちがバレンタインの前日に集まって、
少しずつお金を出し合い、子どもたちにもプレゼントを買ってくれていたんです。
この日の午前中に5人の代表として届けてくれたサヴィーからその話を
聞いていたので、

「ケイン、子どもたちへのプレゼントもありがとうね。みんな喜んでたよ。」

私がそう話すと、ケインは続けました。


「おかあさん、私にありがとうって言わないで。だって、私たちはおかあさんから
たくさん助けてもらったでしょう。だから私たちは子どもたちに親切にしたいと
思うだけなんですよ。」


誰かにもらった思いやりを、今度は別の誰かに受け渡す。

そんなシンプルな気持ちのやり取りが、長いときを超えて行われたのですね。



難しいコトバやリクツなんていりませんね。

好きだから・・・、自分にとって大切だから・・・。

ただそれだけが理由なんじゃないかな。



自分の一番そばにいる人たちに思いやりを。
そこから始めたら、時間はかかるけどきっとなにかが変わっていくはず。

ケインに教えられた気持ちです。


みんな、ありがとう。


★おまけ★

最終的には、卒業生ケイン・パナー・サイハーからの花束、そして子どもたちからの
花束。さらには卒業生全員からフルーツまで・・・。
ドラゴンフルーツとランブータンの甘さにほっとした時間のバレンタインデーでした。



2016/01/17

21年目

1月17日、一生忘れることのない日。


あの日の早朝、試験勉強のため徹夜していた私。
隣の家のおばさんは圧死したけれど、すぐ横で生きのびた私。
そしてなぜか今はカンボジアに住んでいる私。

21年経っても、あの日の記憶はすべてモノクロでしか思い出せません。
神戸から色が消えた日でした。


あのとき神戸に住んでいたというと、カンボジアでの使命が待っていたから
生かされたのかもしれないねという言葉をもらうことがあります。
そういうふうに言ってくださる方を否定するわけではないのですが、でも
違うんです。
みんな同じ状況だったのに、たまたま命拾いしたんです。

あのときにもらった命だから、カンボジアで子どもたちと一緒に暮らすことを
心に決めた、なんて安っぽいことは死んでも言えないと思っています。

そのことを今のカンボジアの活動の意味づけになんてとてもじゃないけど
できません。
6000人以上もの方が亡くなったあの震災にむけて、生き残ったから自分は
どうのこうのなんて言えないんです。


みんな生きたかった、それだけが真実だと思います。


生きている自分に今日できることといえば、静かに祈ることだけです。


また1年、丁寧に生きよう。




2016/01/07

母の命日

新年あけましておめでとうございます。

新年のごあいさつですら遅れがちのわたくし。
どうか懲りませず、今年もよろしくお願いいたします。




「お姉ちゃんはええなあ、長いことお母さんと一緒にいられて。って
あやちゃん(私の母)には何回もそんなこと言われたんよ」

お正月、田舎で親戚が近所にたくさんいる中で育ったもので、毎年元日には
叔母のうちにあいさつにいきます。
今年もいつもと変わらずに行ったのですが、少し遅れてしまったこともあり
いとこたちはそれぞれどこかに行ってしまっていました。

残されていた叔母(といってももう80前のおばあちゃん)が話し出したのは、
いつもならにぎやかな食卓に残された私と二人の時でした。

叔母と私の母は10歳も離れたきょうだいです。
それで叔母に母は、お姉ちゃんのほうがお母さん(私の祖母)とたくさん
時間を過ごせてうらやましいとよく言っていたそうなのです。

私は母からおじいちゃんの話はよく聞いていたので、おばあちゃんのことを
そんな風に言っていたことを知りとても意外に感じました。

叔母はつづけて言いました。
「あやちゃんが亡くなった時、私は涙も出んかった。あの子が先に逝くなんて
誰も思ってへんかったやろ。茫然と、なんで?なんで?と思うだけやった。」

このブログに何度か書いていますが、私の母は2006年に急性心不全で
亡くなっています。
その日の朝まで元気だったので、誰もが信じられない思いだったのです。

叔母からそんな自分の気持ちを聞かされたのは初めてのことでした。

45年前のあやちゃん
「だからな、あやちゃんは私らよりも早くおばあちゃんのところに行きたかった
んかなあって。私はそう思って納得するしかなかったんよ。」

叔母の最後の言葉を聞いて、母への関わり方が違うと死の受け止め方も
違うんだなと思っていました。
そこに違和感はなく、むしろ叔母の言葉のおかげで腑に落ちたような気が
したのです。

私は母がどうして60歳という年齢でこの世を去ってしまったのか、自分が生きている
間にその答えは見つからないと思っています。

叔母の話を聞くことができて、それが答えではないけれど、少し救われた
ような気持ちになったのでした。

今日、1月7日は母の命日です。
昨年9月に膵臓癌で亡くなった父と一緒に私や叔母のことを見ていてくれた
かもしれませんね。

それとも、叔母の体を使って母が私にくれたメッセージだったのかもしれません。


母の命日だからこそ、明日カンボジアに戻るというバタバタの中でもこの
ことをブログにつづりたいと思いました。

元日に母を感じることができた2016年。
今年は新しいことにも挑戦していきたいと思っています。

相変わらずの不定期すぎる更新ですが、皆様温かく見守っていただけましたら
幸いでございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。