2012/02/08

大変が大変じゃなくなること

先日、地球の歩き方ツアー「スナーダイ・クマエを訪ねて」で
大学生の皆さんが施設を訪れてくれました。

最近は訪問時に私が不在となることが多かったのですが、
前回は子どもたちとの交流時間を見学させてもらいました。

そのとき一人の参加者の女性とお話する機会がありました。


彼女が私に訊いてくれたのです。
「カンボジアに住んでいて、大変なこと多いですか?」

たしかに文化も習慣も違うカンボジアに10年以上住んでいると
この質問はよくされますが、なにを大変と思うか、なんですよね。

停電はしょっちゅうあるし、虫だってたくさん飛んでくる。
それだけでも大変で日本に帰りたくなる人もいるでしょうね。

子どもたちに自分の気持ちがすぐに伝わるわけでもないし、
スタッフとの意思疎通がうまくいかないことも多々あります。
それでも私の記憶にはそれが大変だったとは残っていないようです。


このブログで何度か書いたかもしれませんが、私は両親から
様々なことを教わってきました。
うちのお手伝いもそうですし、挨拶や言葉遣いにも厳しい親でした。
教えられたことをすべてきちんとできているかは別にしても、それは
今でも自分の頭と体にしっかり残っているんですね。


10年以上ここに関わるようになって、だんだん自分のやりたいことが
はっきりしてきました。
それはたぶん、伝えていくことなんですね。

自分が親から、あるいは自分の周りにいた大人、先輩たちから
教えてもらってきたことをここにいる子どもたちに伝えていくこと。


施設には子どもがたくさんいて、ただそれだけの状況で「大変ですね」
と声をかけて頂くことはよくあります。
でも私は・・・、自分のやりたいことをさせてもらっているのだと思うん
です。

じゃあ私にとって何が大変なことなんだろう、と。
彼女の何気ない一言からそんなことを考え込んでしまいました。

大変と感じることは日々あるんだと思うんですが、長い時間をかけて
それをとらえてみると、後日笑い話になることもあるし、深い学びの
きっかけになることもあります。
だから大変なこともあとになればどんなことも自分にとって必要な
経験だったのかなと思います。


これまでに、先に生きてきた人たちからもらってきた言葉などを基礎に
して、実際の経験があり、そこから自分なりの価値観を作りだして
いくわけですよね。

そう考えると私の基礎を作ってくれたのはやはり両親です。
自分だけがもらうものをもらい、他の人にそれを渡していかないのは
ずるいんじゃないかなと思うんです。

だから、施設で子どもたちやスタッフに伝えたいことを伝えようとする
行為はやっぱり自分のやりたいことなんですよね。


私はよく、そんなに気長に物事を考えられるね、と言われるんですが
あまりに短い期間で結果だけを求めるのは性格に合わないようです。
もちろん、どうでもよいと思う相手には冷淡なほどに無関心になる
性格でもあるのはわかっています(笑


今回、この女性と話していて彼女があまりに素直な反応を見せてくれる
ことに実はとてもうれしいと思っていました。
私の中に今の若い人たちは物事を分かったようにとらえて、他人の話を
聞かない人が多いという思い込みがあったからなんでしょうね。

かつての自分だってそう思われていたかもしれないのに(笑


関心を持って、素直に耳を傾けること。
自分が得たものは自分の周りにいる大切な人とわけあっていくこと。
つまり、伝えていくという作業をこれからも続けていきたいですね。

よくしゃべるねーと言われることの多い私ですが、伝えたいことが
多すぎてそうなってしまうのかもしれません。
思い返せば子どもの頃、親が話してくれることを聞いて自分がどう
思ったのかを返すのが好きでした。

もっともっと子どもたちに伝えるものを得るためにも、これからも
関心を持って物事に取り組んで、自分のものにしていきたいなと
思います。

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